力戦

力戦：定石を超えた、力強い戦い

将棋や囲碁において「力戦」とは、事前に確立された定石や定跡に頼らず、独自の戦術で戦うことを指します。まるで、事前に綿密な計画を立てずに、勢いと直感で勝負に挑むような、ダイナミックな戦いを想起させます。

語源と歴史

「力戦」という言葉の語源は『史記』馮唐伝に遡ります。そこから派生し、将棋や囲碁の世界では、定石からの脱却、いわば「力任せの戦い」という意味合いを持つようになりました。前例のない局面や展開に遭遇した場合、棋士の実力のみが試される、まさに腕の見せ所と言えるでしょう。

将棋における力戦

将棋において、力戦は定跡に従わない、型にはまらない戦い方を指します。序盤から中盤にかけて、予想外の局面を作り出し、相手を翻弄する展開が多く見られます。

類似した表現として「手将棋」や「力将棋」があり、これらは定跡から外れた、経験や知識よりも読みの力が問われる局面を指します。相振り飛車など、定跡展開になりにくい戦型は力戦の一例と言えるでしょう。

特に、序盤から荒れた展開となる力戦を「乱戦」と呼びます。力戦特有の戦形や局面は「力戦形」または「力戦調」と呼ばれ、このような将棋を好む棋士を「力戦派」と呼びます。

藤井聡太棋聖は、力戦派を「食事の注文に例える」という興味深い比喩を用いています。毎回同じメニューを注文する棋士を定跡派、その日の気分や状況でメニューを変える棋士を力戦派と表現しました。これは、力戦派の柔軟性と臨機応変な対応力を端的に示しています。

特に振り飛車戦法においては、「力戦振り飛車」と呼ばれる独特の戦術体系が存在します。1990年代後半以降、「主流」となり標準化された振り飛車戦法の中でも、小林健二氏、戸辺誠氏、鈴木大介氏、佐藤康光氏など多くの棋士が「力戦」を冠した著書を出版していることからも、その人気と影響力の大きさが伺えます。

力戦派棋士

力戦派棋士は、古くは坂田三吉氏や花村元司氏など、昭和の時代から存在感を示してきました。青野照市氏は、かつて関東が理論派、関西が力戦派と対比されていた時代があったと述べています。現在でも関西の棋士に力戦派が多い傾向があり、公式戦では見られないような斬新な将棋を指すことも少なくありません。

山崎隆之氏、糸谷哲郎氏、島本亮氏、野田敬三氏、藤本渚氏、竹内雄悟氏、黒田尭之氏、服部慎一郎氏などは、個性的な力戦で知られる棋士です。西日本出身の都成竜馬氏も自身を力戦派と称し、四国出身の武市三郎氏も力戦振り飛車を得意としていました。

佐藤康光九段は、独特の戦型と棋風から力戦派と見なされることもありますが、本人は「力戦派」と呼ばれることに抵抗があるようです。これは、自身の将棋に論理的な裏付けがあるという自負からくるものと言えます。

囲碁における力戦

囲碁においては、「力戦」を「力碁」と呼びます。定石にとらわれず、力強い攻めで勝負を決めるスタイルです。

囲碁における力戦派棋士

囲碁界においても、力戦を好む棋士は数多くいます。加藤正夫氏、結城聡氏、山下敬吾氏、井山裕太氏、一力遼氏、許家元氏、芝野虎丸氏などがその代表例と言えるでしょう。彼らが繰り広げる力強い攻防は、観る者を魅了し続けています。

このように、将棋と囲碁の両方の世界で、「力戦」は棋士の実力と個性、そして勝負への情熱を凝縮した、魅力的な戦術と言えるでしょう。 定石にとらわれない、自由奔放な戦いこそが、力戦の真髄なのです。

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