十勝国

十勝国（とかちのくに）

十勝国は、日本の古代律令制における地方行政区分を参考に、戊辰戦争（箱館戦争）終結直後の明治2年（1869年）に定められた日本の令制国の一つです。五畿八道のうち北海道に属し、道東に位置していました。その領域は、現在の北海道十勝総合振興局管内の大部分に相当しますが、具体的には足寄郡の一部（足寄町・陸別町の一部）は当時の釧路国に属しており、それらの地域を除いた範囲が十勝国となりました。別称として「十州（じっしゅう）」とも呼ばれていました。

名称の由来と原義

「十勝」という国名は、現在の十勝川の名称に由来するとされています。この名称の起源は、アイヌ語の「トカㇷ゚チ（tokapchi）」という言葉にあります。幕末から明治にかけて活躍した探検家の松浦武四郎は、1870年（明治2年）に明治政府に提出した「国名建議書」の中で、アイヌ語の「トウカプ」を「乳之儀」と訳し、川が二口に分かれて乳が尽きないように流れる様子から名付けられたと説明して提案しました。この提案が受け入れられ、国名として採用されたと伝えられています。

しかし、「トカㇷ゚チ」という名称の本来の意味や発祥地については、必ずしも明確ではありません。松浦武四郎自身も、その著書『報登加智日誌』の冒頭で「土人是をトウカブチと云り。何れの原名なるやをしらず」と記しており、その発祥地や本来の意味はすでに忘れられていたことがうかがえます。そのため、古くから様々な説が提唱されてきました。

アイヌ語研究者の山田秀三氏は、秦檍麻呂、上原熊次郎、松浦武四郎らによる過去の記述を基に、下記の二つの説を考案しています。

「トカプシ（tokap-usi）」：乳房・あるところ、という意味。
「トカ（オ）ㇷ゚チ（to-ka〔-o〕-p-chi）」：沼・辺り〔・にある〕・処・枯れる、という意味。

また、永田方正は「トゥカㇷ゚チ（tokapchi）」を幽霊の意味であるとしていますが、山田秀三氏はこれに対して否定的な見解を示しています。山田氏は、「トカㇷ゚チは十勝アイヌが誇りを以て読んでいた名」であり、他地方のアイヌが言葉遊びのように悪名に変えた言葉であろうと述べています。さらに、永田は本来のアイヌ語名が「シアンルㇽ（shi-an-rur）」（遠き彼方の海浜）であるとも主張していますが、山田氏はこれも他の地域の人が呼んだ名称に過ぎないとしています。

沿革

十勝国域における歴史は古く、令制国が成立する以前から人々の活動が見られました。

鎌倉時代から室町時代にかけては、蝦夷沙汰職や蝦夷管領が、現在の北海道太平洋沿岸に暮らすアイヌの人々（日の本と呼ばれる蝦夷）を統括していたことが『諏訪大明神絵詞』に記されています。

江戸時代に入ると、松前藩によって「場所」と呼ばれる知行地が設定され、松前藩家臣とアイヌの人々との間で交易が行われるようになります。十勝国域には「トカチ場所」が開かれていました。藩の出先機関としての機能も持つ運上屋では、アイヌの人々に対する撫育政策としてオムシャなども行われていました。これらの交易制度については、商場（場所）知行制や場所請負制などの詳細な制度があり、漁業については北海道におけるニシン漁史も関連しますが、十勝地域では主に他の交易品が重要でした。

江戸時代から明治にかけての交通について、陸上交通としては、渡島国の箱館から千島国方面へ向かう沿岸部の道が通じていましたが、地形が険しい難所も存在しました。寛政10年（1798年）には、幕府の役人であった近藤重蔵によって、広尾郡のビタタヌンケとルベシベツの間（約7.9km）にルベシベツ山道が整備されました。この山道開削を記録した碑文が、近藤重蔵の従者であった下野源助とアイヌの人々によって作成され、十勝神社に奉納されています。現在この碑文は、広尾町のタニイソトンネル北側坑口付近に立つ碑で見ることができます。また、藩政時代から廃使置県までの間、十勝国内の河川には6箇所の渡船場があり、渡し船が運航されていました。

江戸時代初期の寛文9年（1669年）6月には、日高国域を中心にアイヌの人々が蜂起したシャクシャインの戦いが発生し、その影響は十勝国域にも及び、和人が殺害されました。また、アイヌ同士による争いも過去には発生しており、約二百年前に北見アイヌ（あるいは日高アイヌ）が十勝に侵攻し、十勝アイヌとの間でチョマトー（現在の帯広市域）で戦いがあったという言い伝えが残されています。さらに、アイヌの人々の間では、古くから芽登温泉が知られていたと伝えられます。

江戸時代後期、十勝国域は東蝦夷地に属しました。国防上の理由から、寛政11年（1799年）には東蝦夷地は幕府の直轄領（公議御料）となりましたが、文政4年（1821年）には一時松前藩領に戻され、その後安政2年（1855年）に再び幕府直轄領となり、仙台藩が警備にあたりました。安政4年（1857年）には上川郡域で十勝岳が噴火（安政噴火）しました。安政6年（1859年）、6藩分領により十勝国を領国に加えた仙台藩によって、広尾には出張陣屋の一つであるトカチ陣屋が築かれました。

明治時代に入り、戊辰戦争終結後の明治2年（1869年）8月15日に、十勝国が正式に定められ、広尾郡、当縁郡、上川郡、中川郡、河東郡、河西郡、十勝郡の7郡、51村が含まれました。同年7月から明治4年（1871年）8月の廃藩置県までの間は、道外の藩や華族によって分領支配が行われました。具体的には、鹿児島藩が広尾郡、当縁郡、河西郡を、静岡藩が上川郡、中川郡、河東郡、十勝郡をそれぞれ領有しました。鹿児島藩領の一部は後に二つの華族領となりました。明治15年（1882年）2月8日、廃使置県により三県一局時代となると、十勝国は札幌県の管轄下に置かれました。

国内施設

神社

十勝国域には複数の神社が創建されました。広尾郡の戸賀知明神社（現在の十勝神社、広尾町）は寛文6年（1666年）以前の創建と伝えられています。十勝郡の稲荷神社（現在の中川郡豊頃町大津地区）は文政11年（1828年）に創建されました。現在の十勝神社は「十勝国一ノ宮十勝神社」と称され、旧社格は県社でした。

地域

十勝国は、以下の7つの郡で構成されていました。このうち当縁郡は、その後の町村合併などにより消滅しました。

広尾郡（ひろおぐん）
当縁郡（とうべりぐん） - 現在は消滅
上川郡（かみかわぐん）
中川郡（なかがわぐん）
河東郡（かとうぐん）
河西郡（かさいぐん）
十勝郡（とかちぐん）

江戸時代の支配

江戸時代には、松前藩の領地（十勝場所）として支配されました。また、幕府直轄領となった時期には、仙台藩がトカチ陣屋を築いて警備にあたっています。

分領支配時の支配

明治初期の分領支配では、以下の藩および華族が領有しました。

鹿児島藩領（広尾郡、当縁郡、河西郡）
静岡藩領（上川郡、中川郡、河東郡、十勝郡）

※鹿児島藩領の一部は後に2つの華族領となりました。

人口

明治5年（1872年）に行われた調査では、十勝国の人口は1464人でした。

合戦

シャクシャインの戦い（1669年）：日高を中心としたアイヌの人々の蜂起。十勝国域にも影響。
* チョマトーの戦い（1800年頃）：十勝に入った北見アイヌ（または日高アイヌ）と十勝アイヌの戦いとされる伝説。

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