名物学

名物学：名前と物の関係を探る学問

名物学とは、中国や日本を中心とした東アジアで古くから発達してきた学問の一分野です。その名の通り、物の「名（名前）」と「物（実体）」の対応関係を明らかにすることを目的としています。そのため、訓詁学（古典の解釈学）、本草学（薬草学）、博物学など、多様な学問分野と密接に関連し、重複する部分も少なくありません。

名物学の主要な営為は、対象となる物を正確に同定すること、そして「異名同物」と「同名異物」を整理することです。「異名同物」とは、同じ物を指すのに複数の名前（古名、方言名、和名、漢名、洋名など）が存在することを指します。一方「同名異物」は、同じ名前でも異なる物を指す場合を指し、例えば「キリン」と「麒麟」、「人参」と「高麗人参」といった例が挙げられます。このように、名物学は言葉と現実世界をつなぐ橋渡しとしての役割を担っていました。

名物学の成立と発展

「名物」という語句自体は古くから用いられており、『周礼』にもその用例が見られます。しかし、名物学が体系的な学問として確立されたのは比較的最近で、20世紀半ば、日本の中国学者である青木正児の研究が大きな役割を果たしました。青木正児は『中華名物考』に収録された「名物学序説」において、名物学を体系的に整理し、その学問としての枠組みを明確にしました。

名物学の起源は、訓詁学、特に『詩経』の解釈に求められます。『詩経』に記された動植物や器物を正確に同定することが、名物学の出発点でした。そこから発展していく過程で、本草学、園芸学、農学、地誌学、さらには妖怪研究や古物蒐集、図譜や類書の編纂といった分野とも密接に結びつき、総合科学としての性格を帯びていきます。青木正児は、名物学の発展過程を「格古（過去の遺物を研究する）」「本草（薬草学）」「種樹（園芸学）」「物産（物産に関する研究）」「類書（百科事典）」といったキーワードで説明しています。また、風俗研究や食文化研究も名物学の要素を含むと言えるでしょう。

名物学の思想的背景には、『論語』の「正名」（名を正す）や「多識」（広く物事を学ぶ）といった孔子の思想、そして朱子学の「格物」（物を深く探究する）といった概念が深く関わっています。

主要な文献と歴史

名物学に関する重要な文献としては、前漢時代の『爾雅』と後漢末の『釈名』が挙げられます。『詩経』に関する名物学の代表的な文献には、三国呉時代の陸璣『毛詩草木鳥獣虫魚疏』（通称『陸疏』）があります。明代の李時珍『本草綱目』も、その凡例で『爾雅』や『陸疏』を補完する書物であると記しているように、本草学のみならず名物学の観点からも重要な著作です。清朝においては、程瑤田が名物学、特に礼学に関連する名物学を研究しました。

日本では、江戸時代に名物学が特に発展しました。これは、儒学、本草学、万葉学といった関連分野の隆盛、『陸疏』や『本草綱目』などの中国文献の受容、平安時代からの和名比定の伝統といった要因が複雑に絡み合った結果です。江戸時代の代表的な名物学関連の著作としては、林羅山『多識編』、伊藤東涯『名物六帖』、貝原益軒『日本釈名』、新井白石『東雅』、稲生若水『庶物類纂』などが挙げられます。さらに、貝原益軒の『大和本草』をはじめとする多くの本草書も名物学の知見を含んでいます。近現代においては、木村兼葭堂や牧野富太郎も名物学者の系譜に位置づけられることがあります。

名物学は、単なる学問にとどまらず、歴史、文化、自然への深い理解を促す重要な役割を果たしてきたと言えるでしょう。その研究は、現代においても様々な分野に示唆を与え続けています。

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