東雅

東雅（とうが）

『東雅』は、江戸中期の学者・新井白石によって著された、日本語の語源辞典です。1719年頃に成立し、全20巻から構成されています。『西洋紀聞』『同文通考』『東音譜』などと並び、白石の言語研究における重要な著作の一つとして位置づけられています。

内容構成と特徴

『東雅』は、名詞を天地、虫魚など15の部門に分類し、各項目について漢字とカタカナで訓を示した後、様々な書籍を参照しながら語義や語源を解説しています。本文は和文で書かれており、読みやすいように工夫されています。

書物の冒頭には凡例と総論が置かれ、伝本によっては、室鳩巣や安積澹泊の序文、新川元成の跋文が付されています。総論では、白石が本書で重視した語源解釈の理念が述べられています。具体的には、以下の3つの観点が重要視されました。

1. 歴史的経緯
2. 方言
3. 俗語

また、日本語が古代朝鮮からの渡来人の言語、仏僧が伝えた梵語、禅僧が伝えた中国語の口語、近世の南蛮語など、様々な外国語の語彙を取り入れてきたことを指摘し、語源解釈において外国語由来説を積極的に採用しています。例えば、「ワダツミ」の語源を朝鮮語の「パダ（海）」に求める説などが挙げられます。さらに、日本語の音韻構造を重視する姿勢も示されています。

現代の視点から見ると、『東雅』の語源説には、こじつけや憶測に基づいたものも含まれています。しかし、白石の独特な世界観や学問に対する姿勢を示すものとして、依然として重要な価値を持っています。

成立背景と影響

『東雅』は、平安時代の源順による辞書『和名類聚抄』の構成を基盤としています。また、書名である「東雅」や総論の内容は、中国の辞書である『爾雅』とその注釈書『爾雅注疏』から影響を受けています。

語源解釈の参考資料としては、『和名類聚抄』、『古事記』、『先代旧事本紀』、『出雲国風土記』、『新撰姓氏録』、斎部広成『古語拾遺』、仙覚『万葉集抄』、『藻塩草』、『下学集』、『壒嚢鈔』、李時珍『本草綱目』、張自烈『正字通』、方以智『通雅』など、多岐にわたる和書・漢籍が参照されています。また、水戸藩の朱舜水や、白石の友人である稲生若水の見解も参考にされています。

「ワダツミ」に関する朝鮮語の知識は、友人の雨森芳洲からの情報や、朝鮮通信使との筆談を通じて得られたものと推測されています。また、琉球使節から得たと推定される琉球に関する記述も見られます。

『東雅』は、しばしば貝原益軒の辞書『日本釈名』の語源説を批判的に扱っています。益軒と白石は、木下順庵門下の兄弟弟子にあたります。

後世への影響

『東雅』は、『物類称呼』や『厚生新編』といった後世の著作に影響を与えました。村田春海は、『東雅』が仮名遣いを考慮していない点を批判しています。

長らく写本として伝えられていましたが、明治時代末期になって初めて刊行されました。明治36年（1903年）に大槻如電が吉川弘文館初代社長の追悼事業として非売品として刊行した後、明治39年（1906年）に同社の『新井白石全集』第4巻に収録され、正式に刊行されました。1994年には、杉本つとむによって、国立公文書館所蔵の白石自筆本の影印と翻刻が刊行されています。

『東雅』は、日本語の語源研究における重要な資料であり、新井白石の学問的業績を heute に伝える貴重な存在と言えるでしょう。

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