和気広虫

和気広虫：奈良時代の女官、波乱に満ちた生涯と深い姉弟愛

和気広虫（わけのひろむし）は、奈良時代を代表する女性の一人です。730年（天平2年）、備前国藤野郡（現在の岡山県和気郡）に生まれ、15歳で従五位下の葛木戸主と結婚しました。その後、孝謙天皇（のちの称徳天皇）に仕え、宮廷生活を送ります。

夫の死後も孝謙上皇に仕え続け、天平宝字6年（762年）には出家し、「法均」と号しました。上皇の信頼は厚く、進守大夫尼位や四位相当の位田と封戸を授けられ、その地位は不動のものとなりました。

恵美押勝（藤原仲麻呂）の乱では、反乱に加担した375人の死刑を減刑するよう孝謙上皇に強く訴え、その切実な願いは聞き入れられました。この功績により、従七位下から従五位下に昇進し、勲六等にも叙せられました。その後も、藤野別真人姓から吉備藤野和気真人、さらに「輔治野真人」と改姓するなど、幾度も氏姓が変わります。

神護景雲3年（769年）、宇佐八幡宮の神託を請う勅使に任じられましたが、病弱を理由に弟の和気清麻呂を代理に立てました。しかし、その神託が道鏡と天皇の意に反したため、広虫は還俗させられ、弟と共に配流の憂き目に遭います。

備後国への流刑生活の後、神護景雲4年（770年）に帰洛を許されると、宝亀5年（774年）には清麻呂と共に宿禰から朝臣の姓を賜り、その後も順調に出世の階段を登っていきます。桓武天皇の治世下では、典蔵にも任ぜられ、正四位上まで昇進しました。

広虫は、宮廷における公的な活動だけでなく、私生活においても慈悲深い一面を持っていました。夫存命中に京中の孤児を集め、衣食を供給して養育に尽力したと伝えられています。また、仲麻呂の乱後には、飢饉と疫病で親に捨てられた多くの子供たちを保護し、養育したという記録も残されています。

『日本後紀』には、広虫の人柄について「貞順で節操を欠くことがない」と記されており、桓武天皇からの信頼も厚かったことが伺えます。弟の清麻呂とは特に仲が良く、姉弟で家産を共有し、その深い絆は多くの人々から称賛されました。晩年には、死後の供養について清麻呂と約束を交わし、静かな送りを望んだと伝えられています。

799年（延暦18年）正月、典侍・正四位上で亡くなりました。享年70歳。その功績を称え、天長2年（825年）には正三位を追贈されています。和気広虫の生涯は、孝謙天皇から桓武天皇まで続く激動の時代を生き抜き、数々の困難を乗り越えてきた、強い意志と慈悲深い心を持った女性像を私たちに示しています。彼女の生き様は、現代においても多くの示唆を与えてくれるでしょう。

官歴

天平16年（744年）：葛木戸主の妻となる
天平宝字6年（762年）：出家、進守大夫尼位
天平神護元年（765年）：従五位下
神護景雲2年（768年）：準従四位下
神護景雲3年（769年）：還俗、配流
神護景雲4年（770年）：帰洛
宝亀5年（774年）：朝臣の姓を賜る
延暦4年（785年）：従四位上
延暦18年（799年）：卒去
天長2年（825年）：贈正三位

参考文献

『続日本紀』
『日本後紀』
『日本古代氏族人名辞典』
『日本古代人名辞典』

もう一度検索