尹緯

尹緯（いん い）

尹緯（いん い、生没年不詳）は、五胡十六国時代の後秦に仕えた人物です。字は景亮。天水郡の出身で、その生涯は激動の時代を反映しています。

生涯

前秦時代

350年以降、関中一帯は氐族政権である前秦の支配下にありました。尹緯の一族は、かつて同族の尹赤が前秦に対抗していた羌族の姚襄に仕えていたことが原因で、苻堅により禁錮に処され、出仕を禁じられていました。しかし、後に許されて吏部令史となります。その風格と志は豪邁であると評判で、周囲から一目置かれる存在でした。

その後、都督益梁二州諸軍事姚萇（姚襄の弟）の別騎校尉に任じられます。

姚萇の時代

383年、苻堅は東晋征伐を敢行しますが、淝水の戦いで大敗。これにより前秦の支配は崩壊し、各地で反乱が起こります。

384年4月、姚萇が渭北の馬牧場へ逃走すると、尹緯は同族の尹詳や龐演らと共に、西州の豪族を扇動して姚萇を盟主として自立を促しました。姚萇は当初拒否しましたが、尹緯は天命が集まっていること、姚萇の才能をもってすれば乱世を救えると説得し、自立を決意させました。姚萇は自立後、大将軍・大単于・万年秦王を称し、白雀と改元。尹緯は佐命の元勲として右司馬に任じられました。

385年7月、姚萇は苻堅を捕らえ幽閉。8月、苻堅に伝国璽を譲らせようと尹緯を派遣して説得させましたが、苻堅は拒否。尹緯に「お前は前秦ではどんな官職だったか」と尋ねると、尹緯は「尚書令史です」と答えました。苻堅は嘆息し「お前のような宰相の才がある者を、私は知らなかった。国が滅ぶのも道理だ」と言ったとされています。その後、姚萇は苻堅を殺害しました。

386年4月、姚萇は長安で帝位に即き、建初と改元して国号を大秦（後秦）と定め、百官を設置。尹緯は尚書左僕射に任じられました。

387年9月、前秦の馮翊太守蘭櫝が後秦に救援を要請すると、姚萇は自ら救援に向かおうとしましたが、尹緯は尚書令姚旻と共に苻登が背後を襲う可能性を指摘し諫めました。しかし、姚萇は尹緯の意見を聞き入れず出陣し、苻師奴に大勝、慕容永を退却させ、蘭櫝を捕縛し杏城を支配下に置きました。

391年12月、苻登が安定へ侵攻すると、姚萇は陰密へ出立。苟曜が姚興の動向を探るために長安へ赴きますが、姚萇はこれを見抜き、尹緯に苟曜を捕縛させ誅殺しました。

392年3月、姚萇が病に倒れると、姚興を安定に呼び寄せ、尹緯に長安の留守を委ねました。

393年4月、前秦の竇衝が離反し秦王を名乗ると、7月に苻登が竇衝を攻撃。姚萇は軍議を開き、尹緯は姚興を救援に向かわせることを進言。姚興は苻登を撃破し、平涼を急襲して大戦果を挙げました。

12月、姚萇が死去すると、尹緯は姚旻らと共に姚興の輔政を遺詔され、姚興の即位後、長史に任じられました。

姚興の時代

394年春、苻登は姚萇の死を聞き東へ向かい、廃橋に進出。尹緯は姚詳救援に向かい、苻登軍を破りました。苻登は単騎で雍城へ逃走し、前秦は事実上壊滅しました。

397年9月、薛勃が後秦に背き、上郡・貳川の雑胡が呼応して金城を包囲すると、尹緯は姚崇と共に討伐に向かいました。兵糧の運送が滞ると、尹緯は弥姐高地と杜成を処断し、兵糧を確保しました。その後、姚興も加勢に駆けつけ、薛勃は没弈干の下へ亡命しましたが、捕らえられて送還されました。

その後、尹緯は輔国将軍・司隷校尉・尚書左右僕射を歴任し、清河侯に封じられました。そして亡くなると、姚興はその死を悼み、司徒を追贈し、忠成侯と諡しました。412年には姚萇の廟に配饗されました。

人物

幼い頃から大志を抱き、身長8尺、腰帯10囲という堂々たる体躯で、豪快で率直な気概を持っていました。性格は剛強で細事に拘らず、清らかで朗らかな人物でした。書物や伝記を好み、宰相が勲功を立てる箇所では、いつも感嘆していたといいます。呉の政治家である張昭を模範としていました。

『晋書』では、姚興の業績は全て尹緯の力によるものだと絶賛されています。

逸話

苻堅の治世末年、凶星が観測された際、尹緯は苻堅の滅亡が近いことを知り喜びましたが、同時に嘆息しました。友人から理由を問われると「知己なる存在には遭い難く、恐らく我が才志を広げる事は出来ないだろう」と答えたとされています。

姚萇の時代、段鏗という人物が侍中に抜擢された際、尹緯は反対しましたが、姚萇は聞き入れませんでした。尹緯は段鏗の人となりを度々批判していたため、姚萇から「なぜ学者を憎むのか」と問われると、「段鏗の不正を憎んでいる」と答えました。その後も姚萇との間で丁々発止のやり取りがあり、最終的に姚萇は段鏗を遠ざけました。

また、牛寿という友人が漢中の流民を率いて姚興に帰順した際、尹緯は自身の才能が十分に活かされていないことを嘆きましたが、姚興からその功績を認められました。

389年末、古成詵に対し、苻登討伐の遅延と各地の反乱について意見を求めました。古成詵は姚萇の力量を高く評価し、必ずや苻登を滅ぼせると答えたため、姚萇は大いに喜びました。

397年9月、姚興が虵皇太后の死を悼みすぎた際、群臣は喪に服す期間を短縮するよう進言しましたが、尹緯はこれに反対。漢・魏の故事に倣うべきだと主張しましたが、姚興は聞き入れませんでした。

脚注

参考文献

『晋書』巻16 - 巻18
『資治通鑑』巻105 - 巻109
* 『十六国春秋』巻26、巻28、巻61

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