山本実彦

山本実彦とは

山本 実彦（やまもと さねひこ、1885年 - 1952年）は、日本のジャーナリスト、出版事業家、そして政治家として多岐にわたる分野で活躍した人物です。特に、総合雑誌『改造』の創刊と経営、そして画期的な「円本」事業によって、大正から昭和にかけての日本の言論・文化界に決定的な影響を与えました。雅号は亀城。

苦難を乗り越えた青春時代

1885年（明治18年）1月5日、鹿児島県高城郡水引郷（現在の薩摩川内市）で鍛冶屋の長男として生を受けました。しかし、実彦が幼い頃に生家は経済的に困窮し、極めて厳しい生活を強いられます。このため、旧制鹿児島県立川内中学校を自主退学せざるを得なくなりました。学業を断念した実彦は、自立を決意して沖縄へ渡り、1902年（明治35年）に離島で代用教員として働き始めました。

19歳となった1904年に上京。郵便配達や筆耕などの仕事で生計を立てながら苦学を続け、日本大学法律科を卒業しました。この頃の経験が、彼のジャーナリスト、そして社会事業家としての原点となったと言えるでしょう。

ジャーナリズムへの道、そして政治へ

大学卒業後、『門司新報』や『やまと新聞』の記者としてキャリアを積み、ジャーナリストとしての基礎を確立しました。その手腕が認められ、1915年（大正4年）には東京毎日新聞社の社長に就任します（現在の毎日新聞とは資本関係はありません）。

ジャーナリストとしての活動と並行して、政治の世界にも足を踏み入れます。1912年（明治45年）には東京市会議員に選出され、社会的な影響力を拡大していきました。

改造社の創業と『改造』の隆盛

彼の最大の功績の一つは、1919年（大正8年）に改造社を創業し、総合雑誌『改造』を創刊したことです。当時の言論・思想界をリードする雑誌を目指した『改造』は、その質の高い内容と革新的な編集方針で急速に読者を増やしました。

大正から昭和初期にかけて、『改造』には賀川豊彦のベストセラー『死線を越えて』をはじめ、志賀直哉『暗夜行路』、林芙美子『放浪記』、火野葦平『麦と兵隊』など、時代の最先端をいく作家たちの傑作が次々と掲載されました。その内容は文学にとどまらず、政治、経済、社会、思想、科学など多岐にわたり、その知的レベルの高さから『中央公論』と並び称され、多くの知識人にとって必読の雑誌としての地位を確立しました。

出版界に革命をもたらした円本事業

山本実彦は、『改造』での成功にとどまらず、出版事業全体に大きな影響を与えました。1927年（昭和2年）には、一冊一円という画期的な低価格で良質な書籍を提供する「円本」の先駆けとなる『現代日本文学全集』全63巻を刊行し、世間をあっと言わせました。この企画は大成功を収め、他の出版社も追随して円本ブームを巻き起こしました。

円本事業は、これまで高価で一部の人々にしか手が届かなかった名作文学を、広く一般大衆にも購入可能なものとし、日本の読書文化の普及に大きく貢献しました。同時に、これにより多くの作家たちの著作が広く読まれるようになり、彼らの経済状況を改善するという社会的意義も持ちました。

多角的な活動と晩年

出版事業家としてだけでなく、山本実彦は政治家としても活動を続けました。1930年（昭和5年）には立憲民政党から衆議院議員に当選。戦後には中道主義を掲げた協同民主党を結成し、委員長に就任するなど、政治の舞台でも重要な役割を果たそうとしました。しかし、戦時中の活動を理由に公職追放を受け、一時的に活動が制限されました。1951年（昭和26年）に追放解除となりました。

また、彼は国際的な文化交流にも熱心でした。著名な物理学者アルベルト・アインシュタインや哲学者バートランド・ラッセルといった世界の知性を日本に招聘する計画に尽力し、日本の科学界や思想界が世界の最先端と交流する機会を提供しました。

晩年も精力的に活動しましたが、1952年（昭和27年）7月1日にその生涯を閉じました。彼の死後、改造社は労働争議などを経て、わずか3年で休刊（事実上の廃刊）となり、『改造』の歴史は幕を閉じました。しかし、山本実彦が残した出版文化への貢献、特に『改造』による言論の活性化と円本による読書文化の普及は、日本の近代史において特筆すべき業績として記憶されています。

主な著作

多分野にわたる著作を残しています。

『政府部内人物評』（1909年）
『政界の寧馨児』（1910年）
『我観南国』（1916年）
『満・鮮』（1932年）
* 『世界文化人巡礼』（1948年）

彼の墓所は東京都の青山霊園にあります。

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