康熙字典

康熙字典（こうきじてん）

『康熙字典』は、清の康熙帝の勅命によって編纂された、中国の漢字字典です。漢代の『説文解字』以降の歴代字書の集大成として位置づけられています。編纂は張玉書、陳廷敬ら30名によって行われ、6年の歳月をかけて康熙55年（1716年）に完成しました。全12集42巻で構成され、収録文字数は47,035字にのぼります。各文字について、その音（字音）と意味（字義）が詳しく解説されています。

概要

『康熙字典』は、字の配列順に特徴があります。先行する字書である『字彙』や『正字通』が部首の画数順、同部首内の文字の画数順に従ったのに倣っています。部首の配列は『字彙』とわずかに異なる程度ですが、後の部首別漢字辞典の規範となり、「康熙字典順」という呼称が使われるほどです。現代日本の多くの漢和辞典でも、康熙字典の214部首の体系が採用または多少改変されて使われています。情報化時代においては、Unicode内の漢字コードの配列順にも影響を与えています。CJK統合[[漢字]]のブロックには、康熙字典の文字がほぼ網羅されており、康熙字典に基づいた部首（Kangxi Radicals）も収録されています。

版本

発行以来、様々な版が作られていますが、清朝内務府が発行した初版は「内府本（殿版）」と呼ばれています。日本では1780年（安永9年）に翻刻された『日本翻刻康熙字典』が最初の版で、「安永本」と呼ばれています。これらの版はいずれも木版で印刷されました。

構成

『康熙字典』の本文は、『字彙』『正字通』と同様に、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12集に分けられ、各集はさらに上・中・下の3部に分かれています。本文は合計36巻です。親字は部首の画数順、同一部首内では部首を除いた部分の画数順に配列されています。部首の総数は214で、『字彙』『正字通』と同じです。

巻頭には、序、上諭、凡例、職名、等韻、総目、検字、弁似が置かれ、巻末には補遺、備考が置かれています。『四庫全書総目提要』によれば、このうち等韻、総目、検字、弁似、補遺、備考をそれぞれ1巻と数え、全42巻となります。

巻頭の「序」は、正式には「御製康熙字典序」といい、纂修官の一人である陳邦彦によって書かれました。本文はすべて康熙字典体の明朝体が使われているのに対し、「序」のみ楷書体が使われています。「序」では、本書の特徴や編纂の目的、「字典」という命名の由来が述べられています。「上諭」は康熙帝が字書の編纂を命じた文書の写しです。「凡例」は18箇条からなり、編纂方針や記述方針が具体的に示されています。編纂にあたって参考とした30以上の書名が挙げられていますが、『正字通』、『字彙』、『洪武正韻』に依拠した点が多いことが示されています。「職名」には、『康熙字典』編纂に携わった官僚の姓名と職名が記されています。「等韻」は等韻図とその活用法を示します。「総目」は本文の総目録ですが、画数別に部首が並んでいるのみで、掲載巻やページは記載されていません。「検字」は、部首が変形したものの属する部首や、部首が見つけにくい字の部首を画数別に示します。「弁似」は字形が似ているが異なる字を収めています。

巻末の「補遺」は、音も義もあるのに本文に漏れた漢字を収録しています。「備考」は、先行する字典に収録されているものの、字義が不明な漢字を収録しています。

特徴

『康熙字典』は、現代日本では字体の基準となる正字を示した書物と捉えられがちですが、本来は字義や字音を調べるための字書です。近代以前に作られた最大規模の字書であり、辞書史上極めて重要な書物です。最大の特徴は、収録文字数の多さと解釈の詳細さにあります。本書は、『字彙』『正字通』の収載字に加え、『字彙補』『五音篇海』『龍龕手鑑』などに収録された珍しい字や必ずしも正統でない字体も可能な限り収録しています。収録字数は『五音篇海』より少ないものの、漢字の網羅的なリストとして重要視されており、難字を調べる字典としての価値も大きいです。近代以降の大冊の漢字辞典である『中華大字典』『大[[漢和辞典]]』『中文大辞典』『漢語大字典』は、いずれも『康熙字典』に収録されている親字をすべて収録しています。

音韻については、『唐韻』『広韻』『集韻』『古今韻会挙要』『洪武正韻』などの過去の主な韻書を参照し、反切に異同がある場合はそれぞれ示しています。さらに、直音での音表記も示されています。

字義については、『説文解字』『玉篇』『広韻』『集韻』などの先行字書を参照し、それらにある字義を収載しています。大きな特色は、すべての字義に対して字書や古典籍からの用例を示している点です。出典名には書名だけでなく篇名も表示されており、文字を四角で囲んで示すことで見やすくなっています。『康熙字典』独自の見解を示すときは、必ず「〇按」と示した後に記述しています。

『康熙字典』は、熟語を収録していません。これは、日本の近代以降に編纂された漢和辞典とは大きく異なる点です。すべての語義は字義に分解して解説されています。また、巻頭に検字と部首目録を備えるのみで、本格的な索引が付されていない点も特徴です。

欠点

専門知識に乏しい多数の高級官僚によって短期間に作られたため、誤りや不正確な記述が多く、編集方針が徹底しなかったことによる例外も多数見られます。刊行当初は勅撰の字典であるため無謬とされましたが、後に皇帝自らが欠点を認め、臣下に改訂を命じています。

字体・書体

『康熙字典』で正字とされたものは、当時の清朝考証学での『説文解字』の研究などに基づいた復古主義的な傾向を示しており、中には『説文解字』の小篆の字形を楷書に改めることで新しく造字されたものも含まれています。例えば、「俞」「喻」「輸」という字体ではなく、「兪」「喩」「輸」という字体を採用しています。

このような『康熙字典』に基づく正字体系を「康熙字典体」と呼ぶことがあります。ただし、『康熙字典』には皇帝の名を避諱して闕画をする字や、字形の不統一などの問題点も見られ、それらの問題点を解消したものを「いわゆる康熙字典体」と呼びます。

本文で使用されている字形は、文字学の伝統に従って先行の字書の字形を継承しています。特に『正字通』の影響を大きく受け、説文などに示された小篆を楷書の字形に復元したものが多く、一般に用いられていた楷書に由来する明朝体の字形とは異なっています。

しかし、『康熙字典』の刊行後は、金属活字開発において正字の規範としてこの字典が用いられたため、字形が「いわゆる康熙字典体」に近づく傾向が見られます。現在日本で「旧字体」と呼んでいるものは、おおむね「いわゆる康熙字典体」のことです。ただし、伝統的・歴史的に用いられてきた楷書体と「いわゆる康熙字典体」は一致しないものも多くあります。

補正

『康熙字典』の考証、補完として以下のものがあります。

『字典考証』：王引之らが『康熙字典』の全文を見直し、初版との異同を列記したものです。
「字典琢屑」：日本の都賀庭鐘による補正の試みです。
『康煕字典校異正誤』：日本の渡部温による1万以上の補正です。
『康熙字典音読訂誤』：王力による字音の考証です。

関連書籍

渡部温　『標註訂正康熙字典』 講談社
『康熙字典』 中国・中華書局
『康熙字典　王引之校訂本』 中国・上海古籍出版社
『中華字典研究 第一輯 2007　海峡両岸『康熙字典』学術研討会論文集』 中国・中国社会科学出版社
『中華字典研究 第二輯 2009 『康熙字典』曁詞典学国際学術研討会論文集上・下』　中国・中国社会科学出版社

関連項目

説文解字
干禄字書
部首
字体
楷書
明朝体
渡部温
漢和辞典
幽霊文字

外部リンク

康熙字典 Net Version（殿版に基く中華書局本）
訂正康熙字典 EPUB版

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