彼女の運命

菊池幽芳『彼女の運命』と大正期の映画事情

菊池幽芳の小説『彼女の運命』は、1923年（大正12年）に『大阪毎日新聞』と『東京日日新聞』で連載され、同年には大阪毎日新聞社から単行本が刊行されました。作者自身が回想するように、その人気は同時期の『白蓮紅蓮』に匹敵するほどであったと言われています。

「家庭小説」の映画化

菊池幽芳は「家庭小説」というジャンルを確立した作家として知られています。彼の作品、『己が罪』（1899年 - 1900年）、『乳姉妹』（1903年）、『毒草』（1917年）などは、いずれも人気を博し、映画化もされました。そして『彼女の運命』もまた、その例に漏れず、映画化されることになります。

1924年の四社競作

『彼女の運命』が特筆されるのは、1924年（大正13年）にマキノ映画製作所、日活京都撮影所、松竹下加茂撮影所、帝国キネマ演芸芦屋撮影所の4社が、競作という形で映画を製作・公開した点です。これは当時の映画界において非常に珍しい現象でした。

マキノ版

衣笠貞之助監督。前篇・後篇に分かれ、それぞれ1924年1月7日、2月1日に公開されました。岩友辰雄、佳江絹子らが出演しています。

監督・脚本: 衣笠貞之助
原作: 菊池幽芳
撮影: 大塚周一
キャスト: 岩友辰雄、佳江絹子、松島勝巳、重藤夏野、浪逆真淵、岩友奈良江

日活京都版

鈴木謙作監督。1924年1月11日に公開されました。松島勝巳、浪逆真淵らが出演。

監督: 鈴木謙作
原作: 菊池幽芳
撮影: 青島順一郎
キャスト: 松島勝巳、浪逆真淵、岩友辰雄、書生山田、住江絹子、住江子爵未亡人、重藤夏野、岩友奈良江、市川春衛

松竹下加茂版

野村芳亭、池田義信監督。前篇・後篇合わせて1924年1月11日に公開。岩友辰雄、栗島すみ子らが出演しました。

監督: 野村芳亭 / 池田義信
脚本: 小田喬
撮影: 長井信一 / 小田浜太郎
キャスト: 岩友辰雄、栗島すみ子、米津左喜子、志賀靖郎、藤間林太郎、岩田祐吉、川田芳子、柳さく子、梅村蓉子

帝キネ芦屋版

若山治監督。1924年5月1日に公開。松島勝巳、岩友辰雄らが出演。

監督: 若山治
脚本: 山下秀一
撮影: 河上勇喜
キャスト: 松島勝巳、岩友辰雄、高堂国典、尾崎しづ子、歌川八重子、瀬川鶴子、岸辺富江、園千枝子

1932年のリメイク

1932年（昭和7年）には、新興キネマによって高見貞衛監督でリメイク版が製作・公開されました。高津慶子、浅田健二らが出演しています。この作品もサイレント映画です。

監督: 高見貞衛
脚本: 小川正
撮影: 鷲田誠
キャスト: 高津慶子、浅田健二、望月礼子、牧英勝、小池春江、隅田ます代、林喜美枝、星英府、小杉凡作

まとめ

『彼女の運命』は、大正期における菊池幽芳の人気と、映画製作の活況を象徴する作品と言えるでしょう。四社競作という特異な現象は、当時の映画業界の競争と、人気作品に対する注目度の高さを物語っています。現存するフィルムは少ないものの、映画史における重要な作品として記憶されています。

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