御師 (音楽)

御師（おんし）とは

御師とは、天皇や皇太子、上皇などの皇族に対して、楽器演奏を中心とした音楽を指導した人物のことです。史料によっては、「御〇〇師」（〇〇は楽器名）や「御師匠」「御師範」「侍読」といった別称も見られます。「侍読」という語が用いられた背景には、音楽が儒学などの学問と同等に扱われていたという認識があったと考えられます。

天皇と音楽

日本の天皇は代々、楽器演奏を好まれました。その背景には、中国の礼楽思想の影響に加え、儀式や宴会の場で貴族たちが楽器を演奏する機会が多く、天皇が彼らと交流するために自ら楽器を習得する必要があったと考えられています。奈良時代の天皇は楽人の演奏を鑑賞することが多かったようですが、桓武天皇以降は天皇自らが積極的に演奏するようになります。嵯峨天皇は琴・笛・琵琶に通じ、以降の天皇は主に琴を重んじましたが、円融天皇・一条天皇の時代には笛が、後鳥羽天皇以降は琵琶が重視されました。南北朝時代には、持明院統では琵琶、大覚寺統では笛が重んじられ、後光厳天皇以降は笙が重視されるようになります。後醍醐天皇は皇統の統一を目指し、音楽においても笛と琵琶の両方の習得を奨励しました。一方、後光厳天皇は、持明院統の嫡流である兄・崇光天皇（伏見宮家）に対抗するため、琵琶ではなく笙を習ったという政治的な意図があったとも指摘されています。

御楽始（おんがくはじめ）の儀と御師の任命

平安時代前期から、天皇が演奏に優れた貴族から琴や笛を学ぶことはありましたが、平安時代後期になると、楽器演奏の習得が帝王学の一部として組み込まれました。堀河天皇以降は、幼帝や皇子の教育の一環として「御楽始」の儀式が行われるようになり、その際に楽器演奏を教える御師が任命されるようになりました。

御師の種類

御師には大きく分けて2種類ありました。一つは、御楽始の儀の際に宣旨や院宣によって正式に任命され、病気や死去などによって職務を遂行できなくなるまで長期にわたって楽器演奏を教授する「正式な御師」です。天皇に教授する立場上、昇殿が可能な殿上人であることが望まれました。堀河天皇の笛の御師として最初に任じられた源政長は、当時の摂政である藤原師実の側近でした。鎌倉時代には、西園寺実宗が守貞親王（後堀河天皇の実父）の琵琶の御師となり、その曾孫である西園寺公相は後深草天皇の琵琶の御師に任じられました。以降、西園寺家は関東申次と琵琶の御師を兼ね、政治面だけでなく文化面でも大きな影響力を行使しました。

もう一つは、天皇や上皇が特定の人物のみが知る秘伝の曲の伝授を希望した場合や、自身の御師が属する流派以外の曲の伝授を希望した場合に、宣旨や院宣によって一時的に御師の待遇を受ける「特別な御師」です。こちらは殿上人ではなく地下人の楽人であっても任じられる可能性があり、その際には昇殿も許されました。鎌倉時代後期の頃から、このような特別な御師が増加しました。

この他に、本来であれば天皇に近づけない地下人の楽人が、北面武士などの天皇に近侍する資格を得て非公式に天皇に教授するケースもありました。こうした人物は本来御師には数えられませんが、説話や後世の編纂物によって御師として扱われることもありました。後光厳天皇の時代には、本来琵琶の御師を務めるべき西園寺実俊の代わりに、彼の推薦する縁戚の地下官人である藤原孝経が正式な御師を務め、新たに導入された笙の御師には、同じく地下出身の豊原龍秋が任じられました。

御師の変遷

御師は、古くは貴顕であることが望まれましたが、天皇自らが主体的に音楽を習得する風潮が強まるにつれて、音楽の演奏・教授を家業とする楽家が重んじられるようになり、その対象が堂上家だけでなく地下家にまで広がっていきました。また、堂上家の中でも代々琵琶の御師を務めた西園寺家の楽統が分裂し家業が停滞したのに対し、秘説の伝授を受けた天皇や上皇が次の天皇や殿上家の当主に伝授する現象が起きたことも、殿上家が御師の立場を維持できなくなった一因と考えられます。光厳天皇は父の後伏見上皇から直接琵琶の秘曲の伝授を受け、それを崇光天皇や側近の正親町忠季に伝授しました。また、崇光天皇も忠季や今出川公直に秘曲を伝授しています。

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