悦綰

悦綰（えつ わん）：前燕に尽くした忠臣

悦綰（生年不詳 - 368年）は、五胡十六国時代の前燕に仕えた鮮卑族の人物です。彼は部族長から身を起こし、前燕の重臣として軍事・政治の両面で活躍しました。

生涯

前燕への帰順と登用

悦綰は元々、榼盧城（現在の河北省秦皇島市撫寧区付近）を拠点とする部族長でした。彼は同じ鮮卑族である前燕の創始者、慕容皝に服属し、その才能を認められて側近に取り立てられ、司馬に任じられました。

後趙との戦い

339年、後趙の李農と張挙が3万の兵を率いて前燕領の凡城へ侵攻しました。悦綰は慕容皝の命を受け、禦難将軍としてわずか千の兵を率いて凡城の守備に就きました。敵軍の圧倒的な兵力を前に、兵士たちは恐れおののき逃亡を考えましたが、悦綰は「命令を受けて敵を防ぐからには、死力を尽くして当たるのみだ。城に留まって堅く守れば、少数で敵の多数を打ち破ることができる。むやみに騒ぎ立てて人々を惑わす者は斬る！」と宣言し、人心を掌握しました。自ら先頭に立って矢石を浴びながら防戦に努め、10日間にわたり敵の侵攻を阻止し続け、最終的に後趙軍を撤退させることに成功しました。

冉閔との戦い

350年、後趙が冉閔の反乱によって混乱に陥ると、後趙の新興王石祗は冉閔に対抗して帝位を僭称し、前燕に救援を求めました。慕容儁はこれに応じ、悦綰に3万の兵を与えて襄国救援に向かわせました。悦綰は、姚弋仲の子である姚襄や汝陰王石琨らの軍勢と合流し、冉閔軍を挟撃する作戦を立てました。敵陣の間近まで迫った際、悦綰は騎兵の間隔を大きく空け、馬に柴を引かせて砂塵を巻き上げさせました。この砂塵を見た冉魏の兵士たちは、大軍が迫ってきたと錯覚して戦意を喪失しました。悦綰は姚襄、石琨と共に三方から攻め立て、石祗も後方から呼応し、冉閔軍を大いに破り、冉閔は鄴へ撤退しました。

并州の鎮撫

後趙滅亡後、悦綰は前燕に帰還し、前将軍に昇進しました。354年には、慕容恪に従って呂護を討伐し、その逃走を阻止して降伏させ、尚書右僕射に昇進しました。358年には、安西将軍・領護匈奴中郎将・并州刺史に任じられ、并州の鎮撫に当たりました。

政治改革への進言と死

360年に慕容暐が即位すると、悦綰は尚書左僕射に移り、広信公に封じられました。しかし、太傅慕容評が政治を壟断するようになると、王公貴族や豪族が戸籍を隠蔽するようになり、国政は乱れました。悦綰は慕容暐に対し、戸籍の調査を行い、不正を正すよう進言しました。慕容暐はこれを受け入れ、悦綰に戸籍調査を命じました。悦綰は厳格に調査を行い、20万戸余りの隠匿された戸籍を摘発し、国の財政を立て直しました。しかし、この措置は官民の反感を買い、慕容評も悦綰を恨みました。368年、悦綰は病に倒れ、戸籍調査の完了を見ることなく亡くなりました。

死後

悦綰の死後、前燕は370年に前秦によって滅ぼされました。前秦の皇帝苻堅は悦綰の忠節を惜しみ、その子を郎中に任用しました。

暗殺説

悦綰の死因については、『晋書』において慕容評が刺客を放って暗殺したとする記述が存在します。一方、『資治通鑑』や『十六国春秋』では病死としています。真相は不明ですが、南燕の韓綽が戸籍調査を進言した際に暗殺を覚悟していたことから、当時の人々には暗殺説が広く信じられていたようです。

悦綰は、前燕のために忠義を尽くした名臣として、後世に語り継がれています。

もう一度検索