慕容翰

慕容翰（ぼよう かん）

慕容翰（生年不詳 - 344年）は、五胡十六国時代の前燕に仕えた鮮卑族の武将です。字は元邕（げんよう）。慕容部の有力者である慕容廆（ぼよう き）の庶長子として生まれました。異母弟には、前燕を建国する慕容皝（ぼよう こう）らがいます。

生涯

慕容廆の時代

慕容翰は若い頃から父に従って戦に参加し、その勇猛さと知略で数々の功績を挙げました。309年には、西晋の東夷校尉が殺害された事件を発端とする鮮卑族の反乱鎮圧に貢献。慕容翰は、反乱軍の首魁である素喜連（そきれん）と木丸津（もくがんしん）を討ち取るという功績を挙げました。彼は慕容廆に「国家への忠誠を大義名分として民衆の心を掴むべき」と進言し、その知略を高く評価されました。

313年、慕容翰は西晋の司空王浚（おう しゅん）の要請に応じ、拓跋部と共同で段部を攻撃。徒河・新城を攻略し、遼西郡太守の陽耽（よう たん）を生け捕りにするなどの戦果を挙げました。319年には、遼東を支配していた崔毖（さい ひ）が、慕容部の勢力拡大を恐れて高句麗・段部・宇文部と結んで慕容部を攻撃。慕容翰は、宇文部の侵攻に対して奇策を用いて大勝利を収めました。数千騎の別働隊を送り込み慕容翰の本隊を襲撃させますが、慕容翰は敵を待ち伏せして全滅させました。

321年、慕容翰は遼東の鎮守を任され、人心の掌握に尽力しました。儒学を奨励し、その威信によって高句麗の侵攻を抑止するなど、大きな影響力を行使しました。

段部への帰順と亡命

慕容翰は慕容廆から厚い信頼を受けていましたが、333年に慕容廆が死去し、異母弟の慕容皝が後を継ぐと、次第に慕容皝から警戒されるようになります。長男でありながら母の身分が低かったために世継ぎになれなかった慕容翰は、慕容皝に害されることを恐れ、333年に段部へ亡命しました。

段部では、首領の段遼（だん りょう）から手厚い歓迎を受けましたが、慕容翰は故郷への思慕の念を捨てきれませんでした。334年、段遼は弟の段蘭（だん らん）に慕容部の柳城攻略を命じ、慕容翰もこれに従軍。慕容翰は柳城攻略には反対の立場を取りました。

338年、後趙の石虎（せきこ）が段部を攻撃すると、慕容翰は段遼に防戦を献策しましたが、受け入れられませんでした。段部は後趙軍に大敗し、段遼は密雲山へ逃走。慕容翰は段遼と袂を分かち、宇文部へ亡命しました。

宇文部での苦難と帰還

宇文部では、首領の宇文逸豆帰（うぶん いっとうき）から最初は歓迎されたものの、次第に慕容翰の才能を妬むようになります。慕容翰は身の危険を感じ、狂人のふりをして警戒を解こうとしました。そして、隙を見て国内の地理を詳細に調べ上げました。

一方、慕容皝も慕容翰のことを気にかけており、340年に商人の王車（おう しゃ）を宇文部へ派遣して様子を探らせました。慕容翰は王車を通じて帰国の意思を伝え、慕容皝から弓矢を贈られました。同年2月、慕容翰は宇文逸豆帰の名馬を盗んで宇文部から脱出し、故郷へ帰還を果たしました。慕容皝は慕容翰の帰還を喜び、再び重用しました。

前燕の名将として

帰還後、慕容翰は建威将軍に任じられ、再び前燕のために尽力します。342年、慕容皝が高句麗を攻撃する際、慕容翰は南道から進軍する奇策を進言。自ら先鋒を務め、高句麗軍を破って首都の丸都（がんと）を占領する大戦果を挙げました。

343年、宇文部の莫浅渾（ばく せんこん）が前燕に侵攻すると、慕容翰はこれを撃破。344年、慕容皝が宇文部討伐を決意すると、慕容翰は前鋒将軍として先陣を切りました。激戦の末、宇文部の渉夜干（しょう やかん）を討ち取り、宇文部を滅亡させるという大功を挙げました。

最期

宇文部との戦いで流れ矢に当たった慕容翰は、その傷が癒えかけた頃、自邸で乗馬の練習をしているところを慕容皝に讒言され、疑念を抱かれます。慕容翰の武勇を妬んでいた慕容皝は、讒言を信じて慕容翰に自害を命じました。慕容翰は潔くこれを受け入れ、毒を仰いで自害しました。死に際し、慕容翰は「羯族（後趙）が中原にのさばっていることを憂い、国家を強くして天下を統一させることを願ったが、志を遂げられなかった」と語ったと伝えられています。

人物

慕容翰は、雄壮で豪放な性格の持ち主であり、策略にも長けていました。また、腕力に優れ、重さ三石（約180kg）を超える弓を使いこなしたと言われています。父の慕容廆は、慕容翰の才能を高く評価し、外交交渉の任を任せていました。慕容翰は、その勇猛さと知略によって数々の戦功を挙げ、兵士たちからも慕われていました。

慕容翰は、その卓越した軍事的手腕によって前燕の勢力拡大に大きく貢献しましたが、その才能ゆえに主君から疎まれ、悲劇的な最期を遂げました。彼の波乱に満ちた生涯は、五胡十六国時代の動乱を象徴するものと言えるでしょう。

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