成富茂安

成富茂安：佐賀を潤した「治水の神様」

成富茂安（なりどみ しげやす）は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将で、龍造寺氏、そして鍋島氏に仕えました。彼は武将としての活躍はもちろんのこと、佐賀藩における治水事業に尽力し、「治水の神様」と称えられるほどの功績を挙げました。

生涯

若き日

永禄3年（1560年）、成富茂安は龍造寺氏の家臣である成富信種の次男として、現在の佐賀県佐賀市に生まれました。幼少の頃から活発で、元亀元年（1570年）の今山の戦いでは、11歳ながらも戦場に忍び込み、物見を行った逸話が残っています。この大胆な行動が主君・龍造寺隆信の目に留まり、小姓として仕えることとなりました。元服後、隆信から一字を賜り「信安」と名乗りました。初陣は天正4年（1576年）、隆信に従い肥前有馬氏との戦いに参加しました。

しかし、若い頃は素行不良で、博打に明け暮れる日々を送っていた時期もありました。一時は成富一門から殺害も検討されるほどでしたが、父・信種の説得により改心。その後は、武芸や学問に励むようになりました。天正7年（1579年）には、その勇猛な戦いぶりから、隆信より「十右衛門」の名を与えられました。

武将としての活躍

天正12年（1584年）の沖田畷の戦いで隆信が戦死すると、その跡を継いだ龍造寺政家に仕えました。その後、政家から「賢」の字を賜り「賢種」（ともたね）と改名。天正14年（1586年）には、政家の名代として小早川隆景や豊臣秀吉に謁見しています。天正15年（1587年）の九州平定では、龍造寺軍の一員として出陣し、その活躍は秀吉をはじめとする諸将から高く評価されました。同年、天草の戦いでは加藤清正や小西行長を援護し、清正から甲冑を賜っています。その後、豊臣氏との外交も担当するなど、次第に家中での地位を高めていきました。

文禄元年（1592年）の文禄の役、慶長2年（1597年）の慶長の役では、龍造寺軍の先鋒を務めました。この頃から、龍造寺氏の筆頭家老である鍋島直茂に仕えるようになり、諱を「茂種」そして「茂安」と改めました。これは、直茂から「茂」の字を与えられたことによります。慶長5年（1600年）の関ヶ原の戦いでは、伏見城の戦いや安濃津城の戦いに出陣。その後、鍋島直茂・勝茂親子が西軍から東軍に寝返ると、筑後国の柳川城や久留米城を攻め落とす戦いで活躍。特に柳川城では、直茂の命を受けて立花宗茂への降伏勧告の交渉役を務めました。

治水事業への転身

関ヶ原の戦いの後、茂安は4000石に加増されました。慶長8年（1603年）に江戸幕府が開かれると、江戸の町の修復や水路の整備に関わります。また、二条城、駿府城、名古屋城、熊本城などの築城にも参加。これらの経験を活かし、肥前国佐賀城の修復にも携わりました。慶長15年（1610年）からは、本格的な内政事業に着手します。水害防止、新田開発、筑後川の堤防工事、灌漑事業、上水道の建設など、その手腕を発揮しました。茂安が手がけた事業は100ヶ所以上にも及び、300年以上経った現在でも機能しているものもあります。民衆や百姓の意見に耳を傾ける姿勢は、『葉隠』にも紹介されています。

晩年と死後

元和4年（1618年）には、主君・勝茂の八男である翁介（直弘）を養子に迎え、寛永10年（1633年）には直弘に1000石を分け与え一家を立てさせました。寛永11年（1634年）、数え年75歳で死去。その死を悼み、7人の家臣が殉死しました。晩年は築山の南麓に住んでおり、築山頂上には、茂安夫妻や殉死者の墓石が残されています。現在、墓所は佐賀市田代の本行寺に移されています。

明治24年（1891年）には、その功績を称えられ、石井碑に「成富君水功之碑」が建立されました。明治44年（1911年）には、従四位を追贈されています。昭和に入ってからは、築山や生誕の地である鍋島町に記念碑が建てられ、その功績を後世に伝えています。

後世への影響

成富茂安の優れた内政手腕は、明治時代になり明治天皇にも賞賛され、従四位を追贈されるに至りました。彼は、肥前佐賀藩が明治時代まで存続する基礎を築いた功労者であると言えるでしょう。また、みやき町の白石神社には水の神として祀られています。子孫には、陸軍歩兵学校教官で、愛新覚羅溥傑の上官であった成富政一陸軍大佐がいます。

佐賀市兵庫町は、成富兵庫茂安と呼ばれたことに由来しており、三養基郡内には、かつて北茂安村、南茂安村が存在しましたが、これらも茂安の名に因んだものです。

逸話

肥後国の領主となった加藤清正は、当時2000石の侍大将であった茂安を1万石で召し抱えようとしましたが、茂安は「たとえ肥後一国を賜るとも応じがたく候」と断りました。清正はその忠義に感涙したと伝えられています。

また、肥前武士として勇猛な名将であった茂安ですが、40歳を過ぎてからは民政家として、まちづくりや治水事業に尽力しました。彼の功績は、武田信玄が築いた信玄堤や万力林とほぼ同時期に行われた、水利事業としても特筆されます。

近年では、三養基郡みやき町の白石神社外苑にて、成富兵庫茂安公「時代まつり」や奉納流鏑馬が開催されています。

主な事績

茂安の設計の特徴は、個々の工事を単独で行うのではなく、中小河川やクリーク、江湖などを巧みに結びつけ、平野全体で治水、利水、排水を行うシステムを構築した点にあります。そのため、一部で不具合が発生すると佐賀平野全体の水利に影響が出るため、この地では水利に手を加えることが一種のタブーとなりました。この結果、江戸時代を通じて佐賀藩では水争いや百姓一揆による暴動がほとんど起こらなかったと言われています。

石井樋 - 嘉瀬川、多布施川の分流
千栗堤防、蛤水道 - 筑後川 (蛤水道は2010年に土木学会選奨土木遺産に認定)
横落水路 - 城原川
中原水道 - 綾部川
羽佐間水道 - 多久川
三方潟の大日堰 - 六角川
佐賀江の改修
馬頭サイフォン
* 野越 - 江戸時代前期に藩内の城原川や嘉瀬川などの上流側に築いた堤防

成富茂安は、武将としてだけでなく、民を思う優れた為政者として、佐賀の地に大きな足跡を残しました。彼の功績は、現在も佐賀の人々の生活を支え続けています。

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