摩多羅神

摩多羅神とは

摩多羅神（またらじん）は、密教、特に天台宗の玄旨帰命壇において本尊として祀られる神です。阿弥陀経や念仏の守護神としても知られています。その祭祀は平安時代末期から鎌倉時代にかけて天台宗の恵檀二流によって広まりました。特に、檀那流の玄旨帰命壇成立と同時期に、その信仰が確立したと考えられています。

摩多羅神の構成と象徴

摩多羅神は、丁禮多（ていれいた）と爾子多（にした）の二童子を従えた三尊形式で表されます。この三尊は、人間の根本的な煩悩である貪（むさぼり）・瞋（いかり）・癡（おろかさ）の三毒を象徴するとされ、同時に、衆生の煩悩の身がそのまま本覚・法身の妙体であることを示しています。つまり、煩悩と悟りは一体であるという密教の深遠な教えを体現しているのです。

歴史的な展開

室町時代には、多武峰の修正会延年において「摩多羅神拍子」が歌われ、この神が仏として、または願いを叶える存在として人々に信仰されていたことが伺えます。江戸時代までは、天台宗の灌頂の際に祀られていました。民間信仰においては、大黒天（マハーカーラ）と習合して福徳神として信仰されることもあり、荼枳尼天を制御する力を持つとされ、病気治療や延命の祈祷である「能延六月法」にも関連付けられました。一説には、広隆寺の牛祭の祭神は、源信僧都が念仏の守護神として勧請したとも言われています。

服部幸雄は、宿神である秦河勝の実体が摩多羅神であるという説を唱え、両者を同一視しました。また、曽根原理は、玄旨帰命壇の「一心三観＝無である」という論を重視し、摩多羅神を信奉する「異端派」と、それに反対する「正統派」との対立が、摩多羅神への弾圧を生んだように見えると主張しました。

しかし、実際には「正統派」の僧侶である真如院覚深が『摩多羅神私考』で摩多羅神を国家守護の神として捉え、寛永寺の鶏足山覚深も同様の解釈を示しており、摩多羅神自体が弾圧されていたという事実は確認されていません。妙法院では18世紀になっても摩多羅神が信仰されていたことが、掛軸から判明しています。

摩多羅神に関する様々な見解

摩多羅神についての最古の記述は、守覚法親王が記した『北院御室拾要集』に見られます。それによると、空海没後、東寺の「西御堂」に付属していた摩多羅神像は、三面六臂の姿で、中央は聖天、左は荼枳尼天、右は弁財天を表すとされています。また、毎月15日に供物を捧げると、災いが除かれ福がもたらされるとされています。

鎌倉時代末期の『渓嵐拾葉集』には、円仁が唐から帰国する際、摩多羅神が障りをもたらす神であると告げたため、常行堂に祀られるようになったと記されています。また、光宗は摩多羅神を摩詞迦羅天、または荼枳尼天と同一視しています。

月舟寿桂は、『日本書紀神代巻抄』で、金毘羅権現の父が素戔嗚尊であり、その別名が摩多羅神であると説いています。叡山真如蔵は、『玄旨灌頂私記』で、「摩多羅」はサンスクリット語で「大日如来」を意味し、摩多羅神は「六識の心王」であるとしています。

定珍の『天台宗玄旨帰命壇伝記』では、摩多羅神が衆生の有様に対し大鼓を、細念の心数に対し小鼓を打つとされています。人間の心が清ければ善趣に舞い降り、濁っていれば悪趣に舞い降りると説かれています。

実俊の『摩多羅神軌儀』では、摩多羅神を「妙観察智・根本万法」の元の神とし、その体は「元品無明」であるとしています。二童子は、空である「丁禮多」と仮である「爾子多」であると説明されています。

覚深の『摩多羅神私考』では、摩多羅神は行疫神であり国家守護の神であると述べられています。また、大日義疏に登場する「忙怛哩天」を摩多羅神と関連付け、摩多羅神を七母天と同一視しています。天海の『唯授一人灌頂私記』では、摩都羅神を「大日」のことであるとしています。

乗因の『東叡山縁起』では、摩多羅神を最澄が勧請し、天海が東照三所権現の1つとして崇めたと記されています。また、『金剛㡧』では、摩多羅神は『摩訶止観』に説かれる「夢王」であるとしています。

摩多羅神の形象

摩多羅神は、一般的に頭に唐制の頭巾を被り、和風の狩衣姿で、左手に鼓を持ち、右手に鼓を打つ姿で描かれます。左右の二童子は、風折烏帽子を被り、右手に竹、左手に茗荷を持って舞う姿で表されます。中尊の両脇にも竹と茗荷があり、頂上には雲と北斗七星が描かれます。

清水寺には、現存最古の摩多羅神像があり、大黒天や禅宗伽藍神と類似しているとされています。

祭礼

摩多羅神の祭礼としては、広隆寺の牛祭、毛越寺の延年、雨引観音のマダラ鬼神祭が知られています。

広隆寺の牛祭は、京の三大奇祭の一つに数えられます。祭礼では、神主が牛に乗り、異形の面をつけた僧侶が祭文を読み上げます。この祭文は古代の文法を用いており、その内容は災禍を払い、天下を太平にし、人々の安寧を祈るものです。

摩多羅神を祀る寺社

摩多羅神を祀る主な寺社は以下の通りです。

毛越寺（岩手県平泉町）
円妙寺（茨城県小美玉市）
輪王寺（栃木県日光市）
神武寺（神奈川県逗子市）
国上寺摩多羅天神社（新潟県燕市）
小菅神社（長野県飯山市）
東寺（京都府京都市）
談山神社常行三昧堂（奈良県桜井市）
清水寺（島根県安来市）
鰐淵寺摩陀羅神社（島根県出雲市）

また、北関東一帯には「摩怛利神」を祀る寺社も多くありますが、摩多羅神と同一神かどうかは不明です。

まとめ

摩多羅神は、その複雑な神格と多様な側面を持つ、興味深い存在です。密教の教義を体現し、様々な信仰や祭礼を通して、日本文化の中に深く根付いています。この記事を通して、摩多羅神についての理解を深めていただければ幸いです。

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