文人 (日本)

文人とは？ - 中国と日本の違い、そして江戸時代の隆盛

はじめに

日本の文化史において「文人」とは、中国の文人観を踏まえつつ、文学や芸術に精通した知識人を指します。明確な定義はありませんが、中国の文人と異なり、科挙制度が存在しなかった日本において、文人のあり方は独自の展開を遂げました。本稿では、文人の定義、歴史的変遷、代表的な人物、そして関連する文化について詳述します。

中国の文人と日本の文人の違い

中国では、文人は科挙官僚（士大夫）と密接な関係にありました。しかし、日本には科挙制度がなかったため、文人の社会的立ち位置や役割は中国とは大きく異なっています。日本の文人は、必ずしも政治権力と直接的に関わるわけではなく、より自由な立場から芸術や文学の世界に没頭することができました。

文人の定義

揖斐高氏の研究（2009年）を参考にすると、日本の文人の特徴は次の4点に集約されます。

1. 読書家で高度な知識を有していること。
2. 直接的な政治権力行使に関わらないこと。
3. 詩文書画など、古典的な文学・芸術に精通していること。多芸多才であること。
4. 世俗的な価値観より、内面的な精神生活の充実を重視し、反俗的・隠逸的・尚古的な姿勢を示すこと。

これらの他に、文人画（南画）、書道、漢詩、狂歌、随筆、読本、戯作、茶道、陶磁器、古銅器、投壺、古琴、園芸、篆刻、文房具収集、古美術収集などの趣味嗜好（文人趣味）、サロン的な交友関係（文人サロン）、古代中国への憧憬、老荘思想に基づく隠遁生活への志向なども文人の特徴として挙げられます。一字姓を用いることも、古代中国への憧憬を示す特徴の一つでした（例えば、服部南郭を服南郭と略すなど）。

江戸時代の文人

江戸時代中期（享保頃～宝暦・天明文化期）以降、文人は数多く出現しました。服部南郭、祇園南海、柳沢淇園らがその代表的な存在です。ただし、戦国時代の三条西実隆や平安時代の菅原道真、大江匡房なども文人として扱われることがあります。江戸時代の文人は、様々な職業や身分に属する者たちが、隠退後や余暇を利用して文人活動に従事するケースが一般的でした。しかし、幕末になると専業的な文人も現れるようになりました。

明治時代以降

明治・大正期に活躍した富岡鉄斎は、「日本最後の文人」と呼ばれることがあります。これは、近代社会の到来に伴い、文人という存在が次第に希薄化していったことを反映していると言えるでしょう。

文人研究の歩み

20世紀後半、中村幸彦氏によって日本の文人研究が開拓され、その後日野龍夫氏らが研究を継承・発展させました。中村幸彦氏の研究は、青木正児氏の中国文人研究を踏まえたものでした。平安時代の文人については、中村幸彦氏の研究は深入りしませんでしたが、後に工藤重矩氏らが詳細な研究を行いました。

代表的な文人

服部南郭
祇園南海
柳沢淇園
木村蒹葭堂
頼山陽
富岡鉄斎

参考文献

荒井健 編『中華文人の生活』平凡社、1994年
揖斐高『江戸の文人サロン 知識人と芸術家たち』吉川弘文館、2009年
工藤重矩「平安朝における「文人」について」『平安朝律令社会の文学』ぺりかん社、1993年
中村幸彦「文人意識の成立」『岩波講座日本文学史 第9巻』岩波書店、1959年
日野龍夫『徂徠学派 儒学から文学へ』筑摩書房、1975年
その他多数

まとめ

本稿では、日本の文人の定義、歴史的変遷、代表的な人物、そして関連する文化について解説しました。中国の文人とは異なる独自の道を歩んだ日本の文人は、日本の文化に大きな足跡を残しました。今後の研究によって、さらに深く日本の文人文化が解明されていくことが期待されます。

もう一度検索