歌仙歌合

歌仙歌合：平安時代の歌人たちの競演と謎めいた成立

歌仙歌合は、平安時代中期に成立したと推定される、三十人選の歌集です。現存する唯一の写本であり、その貴重な歴史的価値から国宝に指定されています。和泉市久保惣記念美術館に所蔵されています。

独特の形式と選歌

この歌集は、柿本人麻呂から平安中期までに活躍した30人の歌人による秀歌130首を収録しています。特徴的なのは、時代を異にする歌人たちによる歌合形式を取っている点です。巻子本一巻で、紫と藍の飛び雲を漉き込んだ鳥の子紙9枚を継いで作られています。縦26.2cm、横44.6cmの大きさで、上下二段書きという珍しい形式で、各歌は三行で記され、判や判詞は存在しません。冒頭に「一番」と記されていますが、以降の番数は欠落しています。

紙の大きさと飛び雲の模様は、名家家集切、伝宗尊親王筆本深窓秘抄、伝忠家筆本和歌体十種といった作品と類似しており、書風も高野切第一種や深窓秘抄の系統に属すると考えられています。これらのことから、歌仙歌合の書写年代は11世紀中頃と推定されています。伝承では、筆者は藤原行成であるとされています。

名称と成立過程の謎

この写本は、1927年に古筆として売り出された際に『和歌集巻』という名称で目録に掲載されました。また、古筆鑑定家・古筆了佐による鑑定で藤原行成の筆跡と認められたことから、一時『行成歌巻』とも呼ばれていました。しかし、1938年に国宝（旧国宝）に指定された際に『歌仙歌合』と命名され、以後この名称が定着しました。

一方、国文学の分野では、この歌集は藤原公任撰の前十五番歌合や三十六人撰と関連する三十人撰歌集であると認識されています。つまり、『歌仙歌合』という名称と、三十人撰という歌集としての位置付けにずれが生じている点に注意が必要です。『歌仙歌合』という語は、歌合形式の歌仙秀歌集を指す一般的な名詞としても使われるため、混乱を招く可能性があります。

歌人たちの選抜

歌仙歌合に選ばれた30人の歌人は、柿本人麻呂、紀貫之、凡河内躬恒、伊勢、遍昭、在原業平、大伴家持、素性、藤原兼輔、藤原朝忠、藤原敦忠、源公忠、藤原敏行、紀友則、壬生忠岑、源重之、藤原興風、源信明、藤原清正、源順、清原深養父、小野小町、坂上是則、清原元輔、小大君、藤原仲文、大中臣能宣、壬生忠見、平兼盛、中務などです。

歌の数は、深養父と小町が各2首、人麻呂、貫之、躬恒、伊勢、兼盛、中務が各10首、その他が各3首で、合計130首です。この歌人の選定には、前十五番歌合や三十六人撰との比較から、興味深い点が見られます。前十五番歌合と比べると、藤原元真、菅原輔昭、斎宮女御、藤原道綱母、儀同三司母、山部赤人が外れ、家持、敦忠、敏行、興風、信明、深養父が入っています。三十六人撰では、深養父のみが外れ、赤人、元真、斎宮女御に加えて、猿丸大夫、藤原高光、大中臣頼基、源宗于が加わっています。

識語と成立背景

歌仙歌合の巻末には、紀貫之と源順による序文が記されています。貫之の序文は「法皇大井御行九詠倭哥序」で、順の序文は「冬日おほゐかはにあそひてみつのほとりの紅葉をもてあそふうたの序」です。これらから、歌仙歌合の親本は六条宮（具平親王）のものであり、貫之と順の序文は、親本から省略された可能性が示唆されています。また、同じ歌合がもう一巻存在した可能性も示唆され、公任撰本と具平親王改撰本、そして歌仙歌合の三つの写本が存在したと考えられています。

前十五番歌合、三十六人撰との関係

歌仙歌合は、前十五番歌合、十首歌合、三十六人撰といった歌集と密接に関連していると考えられています。公任が前十五番歌合を編纂した際、貫之と人麻呂の評価をめぐる論争があり、その結果として十首歌合（散逸）が成立し、それが発展して三十人撰（散逸）、そして具平親王によって歌仙歌合が改訂されたと推測されています。さらに、公任が三十人撰を改訂して三十六人撰を完成させたという説もあります。

様々な文献、例えば『匡房卿記』、『袋草紙』、『後拾遺抄注』などにも、三十六人歌仙選定に関わる逸話が記されており、歌仙歌合の成立背景を探る上で貴重な情報源となっています。これらの文献には、貫之と人麻呂の優劣を巡る議論や、三十六人選定における様々な意見や異論が記されています。

これらの資料を総合的に検討することで、歌仙歌合が単なる歌集ではなく、平安時代の歌壇における複雑な力関係や美的基準、そして歌人たちの競演の跡を反映した貴重な歴史資料であることが分かります。その成立過程には多くの謎が残されていますが、今後も研究が続けられ、その全貌が明らかになることが期待されます。

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