武家執奏

武家執奏（ぶけしっそう）

武家執奏とは、室町幕府と北朝（朝廷）間の公武関係において用いられる用語で、主に次の二つの意味を持ちます。

1. 室町幕府の将軍による朝廷への政治的要請: 将軍が朝廷に対し、特定の事項に関して政治的な働きかけを行うこと。この意味での武家執奏は、室町幕府以降の織豊政権や江戸幕府でも行われました。
2. 朝廷内の役職: 朝廷に設けられた役職の一つで、将軍からの武家執奏を取り次ぎ、逆に天皇や治天の君（上皇）の意向を将軍に伝える役割を担いました。

室町将軍の武家執奏

室町幕府の将軍による執奏は、「奏聞」「申入」「口入」など、記録によって様々な表記が見られます。通常、将軍の意向を受けた役人が朝廷との交渉役として、役職としての武家執奏に申し入れを行います。特に鎌倉幕府時代に東使を務めた二階堂氏や佐々木氏などが使者に立てられる場合、「武家申詞」と称されました。

武家執奏は、足利尊氏が将軍に任命された暦応年間から見られますが、その回数と影響力が増したのは正平一統以降です。所領の安堵や武家官位だけでなく、公家の官職任免、家門の安堵、寺社に対する政策、勅撰和歌集の撰進など、朝廷のあらゆる分野に影響を及ぼしました。

延文3年（1358年）には、関白の二条良基が足利義詮の執奏によって16年間務めた関白を更迭されるなど、摂政関白や太政大臣の任命・更迭に武家執奏が介在するようになりました。また、崇光上皇と後光厳天皇が対立した後円融天皇の立坊問題では、後光厳天皇が実子の立坊を求めて武家執奏を期待しましたが、当時の将軍・足利義満は幼く、管領の細川頼之が慎重な態度を示し、天皇の聖断に委ねられました。

武家執奏による改元も存在し、文和、康暦、正長、康正、延徳、大永、享禄、天文、元亀の改元が知られています。新将軍の就任を理由とした代始改元（正長・延徳・大永・元亀）や、将軍の官職が参議に満たない場合の武家執奏もありました。足利義澄の失脚によって中止された永正4年の改元を除き、武家執奏による改元は実施されました。室町幕府が応永から新元号への改元を35年間認めなかったことなど、幕府の意向によって改元が制約される状況も生まれました。

南朝の軍事的攻勢や戦乱による収入途絶の危機を、室町幕府の軍事力・経済力によって回避していた北朝は、幕府への依存を深めました。後円融天皇は、武家執奏に従わないことを公家の咎とする現状を嘆き、武家執奏を拒むことができないという認識が広まりました。

このような状況が、足利義満による王権侵奪（室町将軍の日本国王化）へと発展し、義満以後の室町幕府でも武家執奏による朝廷への介入が続きました。

役職としての「武家執奏」

もう一つの「武家執奏」の意味は、朝廷の勅裁である院宣や天皇の勅旨を室町幕府に伝える公家の役職を指します。同時に、幕府側の要望を天皇や治天の君に伝える役割も担いました。

鎌倉時代には、天皇の勅裁は関東申次を経由して鎌倉幕府に伝えられました。室町幕府の創設には鎌倉幕府再興の意図も含まれており、公武関係もそれに近い形での復活が意図されました。しかし、最後の関東申次であった西園寺公宗が処刑され、後継者の問題が生じたため、光厳天皇時代の太政大臣であった今出川兼季が臨時代理を務めました。

兼季の死後、息子の実尹が後を継ぎましたが、間もなく急逝。その後は勧修寺経顕が武家執奏となり、足利尊氏ら幕府首脳との間で朝幕交渉を行いました。経顕の活動を通じて朝幕交渉の手続きが整備され、「武家執奏」の職制と名称が確立しました。

文和2年（1353年）、西園寺実俊が勧修寺経顕に代わって武家執奏に任じられ、30年以上にわたってその職を務めました。実俊は室町幕府将軍による武家執奏を多く取り次ぎました。

天皇の勅裁は院宣や綸旨の形で伝奏を通じて武家執奏に伝えられ、武家執奏は施行状を発給して将軍に伝達しました。将軍は執事や引付頭人に命じて、勅裁内容を武士に伝える奉書を発給しました。ただし、武家執奏の地位や幕府内の権力関係によって手続きが変化する場合もありました。

永徳2年（1382年）に足利義満が院執事に就任したことで、治天の君→伝奏→武家執奏→室町幕府将軍という図式が崩壊し、武家執奏はその役目を終えて廃止されたと考えられています。その後は伝奏が直接将軍に意向を伝え、伝奏を経由して幕府の意向が朝廷に伝えられるようになり、伝奏が「武家伝奏」と呼ばれるようになりました。

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