源氏物語忍草

源氏物語忍草：江戸時代の貴重な『源氏物語』入門書

『源氏物語忍草』は、江戸時代前期、1688年に成立した『源氏物語』の梗概書です。作者は江戸時代前期の俳人、歌学者である北村湖春（きたむらこはる）です。湖春は、湖月抄の著者である北村季吟の息子にあたりますが、53歳で亡くなったため、『源氏物語忍草』は彼の残したほぼ唯一の作品と考えられています。

特徴：平易な表現と丁寧な注釈

本書は、単なるあらすじだけでなく、優れた注釈書としての側面も持ち合わせています。他の『源氏物語』梗概書、例えば源氏大鏡や源氏小鏡のような連歌師向けの解説書、あるいは十帖源氏のような初学者向けの簡略版とは異なり、『源氏物語忍草』は、物語の内容を丁寧に解説しながらも、平易な言葉で書かれている点が大きな特徴です。そのため、初学者にとって非常に分かりやすい入門書として高く評価されています。

出版と普及：写本から版本へ

『源氏物語忍草』は、当初は写本として、一部の文人たちの間で伝わるのみでした。しかし、約150年後の天保年間（1830～1843年）になって、初めて版本として刊行され、広く読まれるようになりました。この版本には、鍋島司直による序文が添えられています。さらに、天保8年（1837年）の刊記のある版本も発見されており、少なくとも2回は刊行されたことが分かっています。

内容：全5冊54帖のあらすじ

『源氏物語忍草』は、全5冊からなり、源氏物語全54帖のあらすじを網羅しています。各帖の冒頭には、岷江入楚（びんこうにゅうそ）のような年立（ねんりゅう）が記されている写本もあります。これは、湖春が『源氏物語』の各巻に年代を付与して理解を深めようとしたことを示唆しています。

第一冊： 桐壺、帚木、空蝉、夕顔、若紫、末摘花、紅葉賀、花宴、葵、賢木、花散里、須磨、明石
第二冊： 澪標、蓬生、関屋、絵合、松風、薄雲、朝顔、少女、玉鬘、初音、胡蝶、蛍、常夏、篝火、野分、行幸
第三冊： 藤袴、真木柱、梅枝、藤裏葉、若菜上、若菜下
第四冊： 柏木、横笛、鈴虫、夕霧、御法、幻、匂宮、紅梅、竹河、橋姫、椎本、総角
第五冊： 早蕨、宿木、東屋、浮舟、蜻蛉、手習、夢浮橋

伝本：写本と版本

現在、いくつかの写本と版本が確認されています。写本は国立国会図書館、天理図書館、相愛大学春曙文庫など、多くの機関に所蔵されています。これらの写本の中には、湖月抄と同様の「源氏物語系図」や「巻之次第」を付しているもの、文字が非常に小さいもの、巻末に朱書きがあるものなど、様々な特徴が見られます。

影印・翻刻

近年では、いくつかの写本の翻刻が出版されています。これにより、より多くの人が『源氏物語忍草』に触れる機会が増えています。これらの研究成果は、『源氏物語』研究にとっても貴重な資料となっています。

まとめ

『源氏物語忍草』は、簡潔で分かりやすい表現と丁寧な注釈によって、『源氏物語』への理解を深めるための優れた入門書です。写本から版本へと、長い歴史を経て現代に伝えられたこの貴重な文献は、これからも多くの読者によって愛され、研究されていくことでしょう。

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