豊原郡

豊原郡の歴史

豊原郡は、日本の領有下において樺太に存在した郡です。その領域は現在の豊原市、豊北村、川上村にあたります。この地は、古代から様々な文化が栄え、政治的にも重要な変遷を遂げてきました。

古代

この地域では、古墳時代前期まで続縄文文化に属するアニワ文化が栄えました。その後、鈴谷文化が4世紀末まで続き、5世紀頃からはオホーツク文化が繁栄しました。

古代の文献『日本書紀』や『続日本紀』には、飛鳥時代に阿倍比羅夫が交戦した「粛慎（みしわせ）」という人々が記録されています。この粛慎はオホーツク文化に比定されています。その後、擦文文化の進出に伴い、オホーツク人は樺太南部から駆逐されました。

平安時代中期（11世紀）頃からは、擦文文化の担い手が、重要な交易品であったオオワシの羽やアザラシの皮などを求めて進出しました。当時、和人社会では武士が台頭し始めており、ワシの羽や海獣の皮は矢羽や甲冑などの材料として需要が高まっていました。これらの交易品は、安倍氏や奥州藤原氏などの奥羽の豪族を経由して全国に送られました。また、和人社会からの流入物が増加したことで、擦文文化からアイヌ文化へと転換していったと考えられています。続縄文文化や擦文文化の担い手は、アイヌの祖先にあたるとされています。

中世

中世の文献『諏訪大明神絵詞』によると、鎌倉時代以降、蝦夷管領・安東氏が「唐子」と呼ばれる蝦夷（アイヌ）を統括していたとされています。安東氏は日本海北部を中心に広範囲に活動しており、奥州藤原氏を引き継ぐ陸の豪族であるとともに安藤水軍を擁し、蝦夷社会での騒乱時には津軽海峡以北に出兵していました。応永年間には「北海の夷狄動乱」を平定し、「日之本将軍」と称していたと伝えられています。

室町時代になると、安東水軍は関東御免船として活動し、北方産品を大量に仕入れて全国に出荷する一方、和産物を蝦夷社会へ供給していました。また、「唐子」は北海道日本海側や北海岸、そして樺太南部に居住し、城下交易のために十三湊や渡党の領域まで赴き、生活必需品を入手していました。文明17年（1485年）、唐子の乙名が安東氏の代官である武田信広に銅雀台瓦硯を献じ、その配下になったとされています。

近世

江戸時代になると、豊原郡域は西蝦夷地に属し、慶長8年（1603年）に宗谷に置かれた役宅がこれを管轄しました。貞享2年（1685年）以降は宗谷場所に属し、樺太アイヌは和人地まで赴かずに宗谷で生活物資を入手できるようになりました。宝暦2年（1752年）頃からは、シラヌシ（現在の本斗[[郡]]好仁村白主）での交易が始まり、寛政2年（1790年）には松前藩が樺太商場（場所）を開設しました。場所請負人は阿部屋村山家でした。幕府も南端の白主に勤番所を設置しました。久春古丹（現在の大泊[[郡]]大泊町楠渓）にも運上屋があり、撫育政策として行われるオムシャでは、老病者などに御救米を支給する介抱も行いました。当時の地方行政の詳細については、場所請負制成立後の行政および江戸時代の日本の人口統計を参照してください。

その後、場所請負人は、寛政8年から大阪商人・小山屋権兵衛と藩士・板垣豊四郎、翌9年からは板垣豊四郎が単独で請負いました。寛政12年（1800年）にはカラフト場所が松前藩直営となりました。以降、藩士・高橋荘四郎と目谷安二郎が管理し、兵庫商人・柴屋長太夫が仕入れを請け負いました。

第一次幕領期

文化4年（1807年）に文化露寇が発生したことを受け、樺太を含む西蝦夷地は松前奉行の管轄する公議御料（幕府直轄領）となりました（〜1821年、第一次幕領期）。文化5年（1808年）には、幕命を受けた会津藩が警固に就き、文化6年（1809年）には西蝦夷地から樺太が分立し、この年から豊原郡域の警固を津軽藩が引き継ぎました。公議御料となった文化5年（1808年）当時、樺太場所請負人は柴屋長太夫でした。文化6年（1809年）に西蝦夷地から樺太が分立した際には、樺太場所（北蝦夷地場所）の請負人は栖原家と伊達家となりました。豊原郡域の蝦夷（アイヌ）たちの中には、亜庭湾岸の漁場に出稼ぎをして生計を立てる者もいました。

松前藩復領後

北方情勢が安定した文政4年（1821年）には、豊原郡域も松前藩領に復しました。

復領後、安政3年（1856年）に松浦武四郎がシュシュヤ越（大泊国境線の前身）を通り、郡域内のハアセ（現在の豊原西部）で小屋掛けし宿泊しました。ただし、夏場の道は草が伸び通行が大変であったとされています。安政3年は箱館奉行所の支配組頭・向山源太夫の部下として、幕吏としての渡樺でした。嘉永7年（1854年）の『鈴木重尚　松浦武四郎　唐太日記』には、豊原市に「コイヘツ」という小屋、ハアセ（現在の豊原市西部）にも小屋があったことが記録されています。

幕末の樺太警固（第二次幕領期）

安政2年（1855年）に日露和親条約が締結されましたが、国境は未定のまま交渉が棚上げされました。樺太を含む蝦夷地が再び公議御料となり、豊原郡域は秋田藩警固地となりました。その後、万延元年（1860年）には樺太警固は仙台・会津・秋田・庄内の4藩体制となりましたが、文久3年（1863年）以降は仙台・秋田・庄内の3藩体制となりました。慶応3年（1867年）には樺太雑居条約によって、樺太全島が日露雑居地とされました。

大政奉還後

慶応4年（1868年）4月12日、豊原郡域は箱館裁判所（後に箱館府と改称）の管轄となり、明治2年（1869年）には北蝦夷地が樺太州（国）と改称されました。同年、開拓使直轄領となり、明治3年（1870年）には開拓使から分離して樺太開拓使領となりましたが、明治4年（1871年）には再び開拓使直轄領となりました。同年8月29日には廃藩置県が行われました。この頃には、神仏分離令、壬申戸籍編製、散髪脱刀令、平民苗字必称義務令などが公布され、文明開化が推進されました。アイヌは百姓身分だったため、平民となりました。明治8年（1875年）には、樺太千島交換条約により樺太はロシア領となりました。

ロシア領時代

1890年（明治23年）には、流刑地となっていた樺太の調査のため、作家のアントン・チェーホフが来樺し、豊原郡域にも訪問しました。彼は後に報告記『サハリン島』を執筆しました。

日本領復帰後

1905年（明治38年）の日露戦争・樺太の戦いにおいて、日本軍第13師団が豊原郡を占領しました。同年、軍政が敷かれ、南樺太に4つの軍政署が開設されました。豊原郡域は第二仮軍政区の管轄となり、軍政区署はウラジミロフカ（現在の豊原市北豊原）に置かれました。

その後、内務省下樺太民政署コルサコフ支所の管轄となり、樺太民政署の管轄を経て、ポーツマス条約締結により日本領に復帰しました。1907年（明治40年）には、内務省の下部組織として樺太庁が発足し、ウラジミロフカ支庁の管轄となりました。その後、1908年（明治41年）には管轄支庁が豊原支庁に改称されました。

1909年（明治42年）には豊原支庁豊原出張所の管轄となり、同年、樺太庁令により「部落総代規定」が制定されました。主要集落には町村長に相当する総代が置かれ、行政事務が行われました。1913年（大正2年）には豊原出張所が廃止されました。

郡発足以降の沿革

1915年（大正4年）6月26日には、「樺太ノ郡町村編制ニ関スル件」の施行により、行政区画として豊原郡が発足しました。発足時は、豊南村、大富村、豊原町、西久保村、高岡村、広野村、豊北村が所属し、豊原支庁が管轄しました。

1918年（大正7年）には、共通法により樺太が内地に含まれると規定され、終戦まで基本的に国内法が適用されることとなりました。1922年（大正11年）には「樺太ノ地方制度ニ関スル法律」とその細則である「樺太町村制」が施行され、「部落総代規定」が廃止されました。1923年（大正12年）には、豊南村、大富村、西久保村が豊原町に、高岡村と広野村が豊北村にそれぞれ合併し、従来の豊北村大字川上字川上炭山を区域として川上村が発足しました。

1929年（昭和4年）には、樺太町村制の施行により豊原町（一級町村）と豊北村（二級町村）が発足しました。1937年（昭和12年）には、豊原支庁が豊栄支庁に改称され、豊原町が市制を施行して豊原市となり、郡から離脱しました。1942年（昭和17年）には、豊原郡と栄浜郡の区域をもって豊栄[[郡]]が発足し、豊原郡は消滅しました。

参考資料

『函館市史』デジタル版

関連項目

安倍氏 (奥州)
奥州藤原氏
蝦夷管領 - 安東氏
安藤水軍（関東御免船）
十三湊
武田信広
松前藩
商場（場所）知行制
場所請負制 - オムシャ
領 - 村請制度 - 役蝦夷 - 夫役
箱館奉行
天領
江戸時代の日本の人口統計 - 宗門人別改帳
* 山丹交易・蝦夷錦

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