赤尾谷

概要

赤尾谷は、主に中世から近世にかけて越中国の礪波郡に存在した山間地域、五箇山を構成する主要な五つの谷の一つです。五箇山という名称は、上梨谷、下梨谷、小谷、利賀谷、そしてこの赤尾谷という「五つの谷」から成り立っていたことに由来すると考えられています。富山方言、特に五箇山地方の方言では、「谷」の末尾が撥音化する特徴があり、地元では「あかおだん」と発音されています。

地理的には、現在の富山県南砺市上平村の西部地域にほぼ相当します。岐阜県の白川郷から北流してきた庄川が、菅沼集落付近で流れを大きく東に変えるまでの、庄川沿岸に点在する集落群を指します。さらに限定的な用法として、西赤尾町を流れる草谷とその支流を集めて赤尾谷と呼ぶ場合もあります。

歴史

中世

五箇山地域に集落が形成された背景には、平家や南朝の落人がこの地に流入したことが考えられています。南北朝時代にはすでに文献資料が見られ始めますが、特に赤尾谷については、室町時代末期に浄土真宗の布教に尽力した僧、赤尾道宗の存在によって比較的豊富な記録が残されています。

「新屋道場由来記」によれば、中世の赤尾谷地域は三つの勢力圏に分かれていました。一つは庄川東岸一帯、新屋を中心とした平瀬氏の領域。次に庄川西岸南部、西赤尾を中心とした角淵氏の領域。そして庄川西岸北部、漆谷を中心とした高桑氏の領域です。この三地域に分かれていたことは、大永5年（1525年）の古文書に「赤尾三村」と記されていることからも裏付けられています。郷土史家の高桑敬親は、これらの平瀬氏、角淵氏、高桑氏といった勢力が、五箇山に逃れて土着した南朝の落人であった可能性を指摘しています。

室町時代前半には、砺波平野部にいた井口氏を通じて五箇山地域から年貢が徴収された記録があり、この時期には武士が支配する荘園制の末端に組み込まれていたことがわかります。しかし、室町時代後半になると浄土真宗の教えが急速に広まり、戦国時代には武家領主の支配が及ばない、本願寺を中心とする一向一揆勢力の支配圏となりました。五箇山に最初に教線を伸ばしたのは越前国の和田本覚寺で、地理的に越前国に近い赤尾谷は全域が本覚寺の門徒となりました。この本覚寺門徒の中から、赤尾谷出身の僧である浄徳が現れ、その甥が「妙好人」として知られる赤尾の道宗です。赤尾谷にある行徳寺と道善寺は、道宗が開基したと伝えられています。

戦国時代、赤尾谷は多くの真宗門徒が集まる地となります。これは、行徳寺が五箇山内で最も早く「寺」として公的に認められたことや、越前・加賀国境が閉鎖されたため、五箇山から白川郷を経由するルートが本願寺参詣の重要な通路として利用されたことなどが背景にありました。武家に敗れた僧侶や門徒が桂・小瀬集落に逃れてきたという伝承も残っています。また、多くの門徒が集まる行徳寺周辺は「町」と呼ばれ、現在も「西赤尾町」として知られています。

永正6年（1509年）の文書に「越中国利波郡赤尾楮村」という記述があることから、この頃には既に「赤尾谷」という地域単位が成立していたと考えられます。歴史学者の奥田直文は、「五箇山」という名称が一向一揆による支配の確立と同時に現れる点に注目し、それまでの旧荘園とは異なる原理に基づく、新たな地域的な結合単位であった可能性を指摘しています。

天文21年（1552年）の五箇山十日講起請文には、赤尾谷、上梨谷、下梨谷、小谷、利賀谷という五つの谷ごとに有力者の署名が見られます。この文書から、戦国時代の五箇山にはもはや中世的な領主が存在せず、村による自治が実現されていたこと、そして旧来の国衙領の単位ではなく、五つの谷ごとに村落連合を形成していた様子がうかがえます。赤尾谷に関しては、この文書の中に成出、下嶋、小瀬（おせ）、楮（こうす）といった、現在に繋がる集落名が既に見えています。

近世

戦国時代を通して一向一揆の支配下にあった五箇山は、天正13年（1585年）に佐々成政によって制圧された後、前田家が治める加賀藩の統治下に入ります。加賀藩は当初、下梨村の市助を代官とし、その下に中世の「五つの谷」に由来する「与頭（くみがしら）」または「与合頭（くみあいがしら）」と呼ばれる各谷の代表者を置く支配体制をとりました。元和5年（1619年）や寛永7年（1630年）の史料には、利賀、小谷、下梨谷、上梨谷、赤尾谷の五組が記録されており、寛永元年（1661年）の文書には、代官市助と五つの谷の与合頭が連名で署名しています。

しかし、この市助と与頭による支配体制は比較的早期に廃止され、五箇山は東西二つの十村組（後に「利賀谷組」と「赤尾谷組」という名称に固定）に分けられて支配される体制が確立します。西側の「赤尾谷組」には、かつての赤尾谷、上梨谷、下梨谷に含まれる集落が属し、東側の「利賀谷組」には、小谷、利賀谷に含まれる集落が属しました。これ以後、「五つの谷」ごとの区分は、住民間の活動や地域意識の中には残ったものの、加賀藩の行政機構上ではその地位を失い、公的な文書で言及されることはなくなります。この支配体制の変化は、「五つの谷」ごとの強い自治性を有していた五箇山のあり方が、加賀藩が統制を強める中で近世的な村落へと移行していく過程でもありました。

江戸時代中期には、利賀谷の岩渕村伊右衛門、赤尾谷の中田村助九郎、そして西赤尾町村長右衛門の三名が五箇山を代表する豪農へと成長します。彼らは多くの農民に資金を貸し付け、その担保として得た田畑（掛作高）を多数保有していました。小谷、下梨谷、上梨谷にはこれら三名に匹敵するような豪農は存在せず、多くの村人は豪農や城端の商人からの借財に依存して生計を立てていました。しかし、天保の飢饉を契機として天保8年（1837年）に「高方仕法」が施行されると、豪農たちはその掛作高を没収されます。西赤尾町村長右衛門などは、当主の散財も重なり急速に没落していきました。なお、現在国の重要文化財に指定されている岩瀬家住宅は、もともとこの西赤尾町村長右衛門の家として建てられたものです。

近現代

明治維新を経て町村制が施行されると、従来の「五つの谷」や「五箇山両組」とは異なる行政区分である、上平村、平村、利賀村の「五箇三村」が成立しました。これは、江戸時代における城端に近い集落群と井波に近い集落群という、商業圏に基づく区画が基になっており、まず二つの大きなグループに分けられ、前者がさらに分割されて上平村と平村となり、後者が利賀村を形成しました。

上平村の前身は、明治16年（1883年）5月に設置された「細嶋村外十八ヶ村」でした。この時以来、上平地域の役場（現在の南砺市上平市民センター）は、上梨谷に属する細嶋集落に置かれています。上平村には赤尾谷の全域と上梨谷の中西部が含まれていますが、村内で最も人口が多く規模が大きいのは赤尾谷の西赤尾町集落であるのに対し、行政の中心が上梨谷の細嶋に位置するという特徴が見られます。

「五箇三村」は21世紀初頭に他の町村と合併して南砺市となりましたが、上平地域、平地域、利賀地域という区分は現在でも地域の人々の間で定着しています。現在、「赤尾谷」という地域区分が行政や日常生活で意識される機会はほとんどありませんが、西赤尾町や東赤尾といった字名にその名残を見ることができます。

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