酒井忠挙

酒井忠挙：激動の時代を生きた前橋藩主

酒井忠挙（さかい ただたか）は、江戸時代前期に生きた譜代大名であり、上野厩橋藩（現在の前橋藩）の第5代藩主です。彼は、第4代将軍・徳川家綱の時代に大老を務めた酒井忠清の長男として生まれ、雅楽頭系酒井家の10代目にあたります。正室には、筑前福岡藩主・黒田光之の娘である筑姫を迎えました。

幕府においては、奏者番兼寺社奉行、そして大留守居といった役職を歴任しました。特に、第8代将軍・徳川吉宗の政権下では、政治顧問として老中並みに重用され、その意見は幕政に大きな影響を与えました。号は咸休子。

生涯

明暦2年（1656年）に出仕し、寛文4年（1664年）に元服。翌年には従四位下に叙任され、寛文6年（1666年）からは父が行っていた殿中儀礼を引き継ぎました。寛文10年（1670年）には侍従に叙任されています。延宝9年（1681年）2月27日、父・忠清が幕政を退き隠居したため、家督を相続しました。

家督相続後、15万石の所領のうち2万石を弟の酒井忠寛に分与し、分家である伊勢崎藩の創設を幕府に認めさせました。しかし、同年5月19日に父が死去し、6月28日には父が裁定を下した越後騒動の連座により、第5代将軍・徳川綱吉から逼塞を命じられます。その後、12月27日に逼塞を解かれ、貞享2年（1684年）4月には奏者番兼寺社奉行に就任。元禄2年（1689年）には病のため辞職しました。

元禄9年（1696年）に溜間詰となり、元禄11年（1698年）2月15日には江戸城大留守居に任じられました。しかし、この役職は延宝2年（1674年）の松平定房以来24年ぶりのものであったため、職務に戸惑うことが多く、老中・阿部正武や側用人の柳沢吉保に問い合わせることもあったようです。その後も勤務状況は改善せず、元禄13年（1700年）2月15日に病気を理由に辞職しました。大留守居という役職は、家格の高い酒井氏に与えられた閑職であったとも考えられています。

宝永4年（1707年）には2万石の加増を受け、再び15万石となりましたが、同年11月7日に隠居し、家督を長男の忠相に譲りました。しかし、忠相はわずか3か月後の宝永5年（1708年）1月25日に急死。後を継いだ孫の親愛はまだ若年であったため、隠居の身でありながら親愛の後見を務めました。また、親戚である豊前中津藩主・小笠原長胤の不行跡を改めようとしましたが、後に相談を打ち切り、小笠原長胤は改易されています。

幕府政治に対しては、老中への私信という形で度々改革を提言しましたが、綱吉政権下では採用されることはありませんでした。しかし、紀州藩主・徳川吉宗が第8代将軍に就任すると、稲葉正往・小笠原長重と共に幕府の旧臣として優遇されました。特に吉宗は忠挙を度々召しだしたり、林信篤を通して意見を求めたため、忠挙も吉宗に対して積極的に意見を述べました。享保5年（1720年）11月13日に死去、享年73。

藩政における功績と苦難

藩政においては、文武両道を重視し、辻月丹資茂に無外流剣術を学び、儒学者である佐藤直方を招聘しました。検地や社倉制を始め、『前橋風土記』の編纂や藩校好古堂を興すなど、文化的な事業にも力を注ぎました。また、厩橋城の名を前橋城に改めたのも忠挙の時代です。

しかし、忠挙の時代には前橋領は荒廃し、元禄12年（1699年）には暴風雨に見舞われ、宝永3年（1706年）には利根川の氾濫によって本丸3層の櫓が倒壊するなどの災害が相次ぎました。このため、忠挙は宝永7年（1710年）に幕府に対し、前橋から近畿地方の先進地への国替えを働きかけましたが、これは実現しませんでした。この国替えの失敗以降、藩首脳の間では、もはや国替えによって危機を脱するしかないという考えが共有されるようになっていきました。

貞享元年（1684年）には、真田氏が改易された沼田藩の旧領地の検地を命じられ、真田氏の寛文年間の検地による内高14万4000石を大きく下回る、6万石余りという石高を定めています。

元禄6年（1693年）から享保4年（1719年）までの間に老中や将軍の側近に宛てた書状は、『御老中方窺之留』として現存しており、当時の政治情勢や忠挙の考えを知る上で貴重な資料となっています。

人物評

『土芥寇讎記』によれば、「（父と違い）男色も女色も好む気配はない」とされ、「聖賢に近く良将である」と評されています。

酒井忠挙は、激動の時代を生きた大名として、藩政の発展に尽力する一方で、幕府政治にも積極的に関与し、その存在感を示しました。彼の生涯は、江戸時代の政治と文化を理解する上で重要な手がかりとなります。

参考資料

福留真紀『徳川将軍側近の研究』校倉書房、2006年
福田千鶴『酒井忠清』吉川弘文館・人物叢書、2000年
福留真紀『名門譜代大名・酒井忠挙の奮闘』角川学芸出版、2009年

関連項目

松平信庸 (篠山藩主)
足高の制
東皐心越

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