飯倉 (東京都港区)

飯倉（いいぐら、いいくら）：港区に残る歴史の足跡

飯倉は、東京都港区の麻布地域東部に位置する、歴史的な地名です。その範囲は時代によって変遷していますが、現代においては主に旧飯倉町、飯倉片町を指します。具体的には、現在の東麻布一～三丁目、麻布台一・二丁目、麻布台三丁目、六本木五丁目東北角辺りが該当します。

地名の由来：伊勢神宮との繋がり、古代の穀倉の記憶

飯倉の地名には、いくつかの説が存在します。

伊勢神宮への神饌を収める倉：江戸時代には、飯倉御厨において伊勢神宮への神饌を収める倉に由来するという説が有力でした。しかし、御厨成立後に飯倉の名が出現することから、疑問視する声もあります。
飯倉神明の屯倉跡地：『江戸砂子』には、飯倉神明が古代の屯倉跡地であり、『日本書紀』に見える穀倉ではないかとする説が記されています。また、『新編武蔵風土記稿』には、文武天皇時代の義倉説も紹介されていますが、いずれも時代が隔たっており、信憑性は定かではありません。
米を盛った形の飯倉山：明治時代になると、吉田東伍が『大日本地名辞書』において、米蔵を由来とする他の飯倉地名が存在しないことを指摘し、米を盛った形に似た飯倉山が地名の発祥であると唱えました。

飯倉御厨：源頼朝が寄進した神聖な地

飯倉の名が史料に初めて登場するのは、『吾妻鏡』の元暦元年（1184年）です。源頼朝が伊勢神宮内宮の荒木田成長に飯倉御厨を寄進したという記述があります。飯倉御厨は、建久3年（1192年）の『神鳳鈔』にもその存在が確認できます。

鎌倉時代を通じて史料への登場は途絶えますが、荒木田氏経の『内宮引付』には、寛正5年（1464年）の内宮庁宣にその名が見られます。しかし、文明元年（1469年）には、飯倉御厨と相模国大庭御厨の代官による押領を太田道真・道灌に訴える書状が残されており、その後史料には登場しなくなります。

飯倉郷：御家人所領と後北条氏の支配

鎌倉時代には、飯倉に御家人所領も存在していました。平安時代末期には、平重継が豊島郡江戸郷に土着し、江戸氏を名乗りました。その子孫である江戸重長の次男以下は、自らの所領を名乗り独立し、その内六男の六郎秀重は飯倉氏を名乗ったとされていますが、その後の消息は不明です。

戦国時代には、飯倉は後北条氏の支配下に置かれました。永禄2年（1559年）成立の『小田原衆所領役帳』には、当時の詳細な領有状況が記録されています。

御馬廻衆大草左近大夫康盛：39貫780文 「飯倉之内前引」
江戸衆島津孫四郎：38貫150文 「飯倉内桜田善福寺分」
江戸衆飯倉弾正忠：11貫280文 「飯倉之内」
江戸衆太田新六郎康資：14貫850文 「江戸飯倉内小早川」 寄子衆蒲田氏に配当

また、北条氏康（または氏政）が本田正勝に飯倉郷を宛行った判物や朱印状が本田氏に伝わっています。吉祥寺伝来の書状からは、遠山政景が同寺領として飯倉郷之内6貫を領したことがわかります。

慶長12年（1607年）には、飯倉郷が桜田や小早川、麻布を含む広域な地名であったことが示唆されています。しかし、豊臣秀吉が元麻布善福寺に送った禁制には「武蔵国白金之郷阿佐布善福寺」と記されており、その実態は複雑であったことが窺えます。

近世：町人地の成立と武家屋敷の建設

天正19年（1591年）には、芝西応寺に飯倉村内5石3斗が与えられました。江戸時代初期には、飯倉村は農村でしたが、江戸の発展とともに通り沿いが次第に市街化し、寛文2年（1662年）には以下の町が代官町奉行両支配となりました。

飯倉町一～六丁目
飯倉片町
飯倉狸穴町
飯倉六本木町（寛文2年次に飯倉町から分立）
飯倉順了寺門前
飯倉善長寺門前

寛文年間には、西応寺領の一部が御用地として召し上げられ武家屋敷が成立し、延宝6年（1678年）には村残部と飯倉狸穴町の一部が甲斐甲府藩甲府徳川家下屋敷となりました。この際、麻布永坂町の隣に飯倉狸穴町の代地として飯倉永坂町が起立しました。

その後も、飯倉新町や飯倉的場屋敷、飯倉町続芝永井町代地などが成立しました。

近代：町名整理と飯倉の名残

明治初年の町整理を経て、飯倉を冠する町は以下の8箇所となりました。

飯倉一丁目～六丁目
飯倉片町
飯倉狸穴町

明治11年（1878年）には、飯倉地域は麻布区に属し、明治44年（1911年）に東京市内の町名の冠称が外されたため、飯倉の名は飯倉町一～六丁目、飯倉片町に残るのみとなりました。

戦後、麻布区が芝区、赤坂区と合併し港区となると、町名には旧区名が冠され、麻布飯倉町、麻布飯倉片町となりました。しかし、1970年代の住居表示法により町名の整理が行われ、麻布飯倉町、麻布飯倉片町は麻布台、東麻布、麻布十番などに置き換えられました。昭和56年（1981年）には、飯倉の地名は住所から完全に姿を消しました。

現代に残る飯倉：地名から施設名へ

行政地名としては消滅しましたが、旧飯倉町、飯倉片町では公私の施設に飯倉の名が残っています。新規の施設にも積極的に飯倉、飯倉片町の名が用いられ、鉄道駅名にない旧町名としてはかなりの血脈を保っています。

首都高速都心環状線飯倉出入口
飯倉交差点
飯倉片町交差点
都営バス飯倉片町バス停留所
飯倉片町地下横断歩道
外務省飯倉公館
麻布消防署飯倉出張所
港区飯倉いきいきプラザ
港区立飯倉保育園、飯倉学童クラブ、飯倉公園
野田岩麻布飯倉本店
キャンティ飯倉片町本店
セブン-イレブン港区飯倉店
* 日本郵政グループ飯倉ビル

飯倉という地名は、住所としては消滅しましたが、その名は様々な施設や場所に残り、歴史を今に伝えています。

もう一度検索