2003年の文学

2003年の文学界概観

2003年（平成15年）は、日本の文学界においていくつかの重要な出来事や話題となった作品の登場が見られた年です。文芸賞の選考結果が新たな動きを生むきっかけとなったり、異例のベストセラーが社会現象を巻き起こしたりと、活発な動きがありました。また、多様なジャンルの作品が世に問われ、多くの作家や関係者が文学界に貢献しました。

主な出来事

この年の文学界で特に注目された出来事の一つは、第128回（2002年下半期）の直木三十五賞において「該当作なし」という結果になったことです。この選考結果は関係者に大きな衝撃を与え、出版社の従業員や書店員たちの間で「自分たちが読者に本当に薦めたい本を選ぶ賞」を創設しようという機運が高まりました。これが翌年、「本屋大賞」が立ち上げられる直接的な契機となります。

また、書籍の流通において重要な一歩となったのが、新潮社の「新潮新書」創刊です。4月10日に創刊されたこの新書レーベルから同日発売された養老孟司氏の『バカの壁』は、専門的な内容ながら平易な語り口が多くの読者に受け入れられ、記録的なベストセラーとなりました。トーハン発表の年間ベストセラーランキングでは、2003年に総合第1位、翌2004年にも総合第3位にランクインするなど、異例のロングセラーとなり、社会に大きな影響を与えました。

文芸賞受賞作

2003年には、権威ある文芸賞の選考が行われ、多くの注目作が世に知られました。

芥川龍之介賞・直木三十五賞：
第128回（2002年下半期）
芥川賞：大道珠貴 『しょっぱいドライブ』
直木賞：該当作なし
第129回（2003年上半期）
芥川賞：吉村萬壱 『ハリガネムシ』
直木賞：石田衣良 『4TEEN フォーティーン』、村山由佳 『星々の舟』

その他の主要な文芸賞でも、以下のような作品が受賞しました。

谷崎潤一郎賞（第39回）：多和田葉子 『容疑者の夜行列車』
泉鏡花文学賞（第31回）：丸谷才一 『輝く日の宮』、桐野夏生 『グロテスク』
野間文芸新人賞（第25回）：島本理生 『リトル・バイ・リトル』、星野智幸 『ファンタジスタ』
小林秀雄賞（第2回）：岩井克人 『会社はこれからどうなるのか』、吉本隆明 『夏目漱石を読む』

注目の刊行物

この年には、様々なジャンルで話題となる多くの書籍が刊行されました。

小説分野では、阿部和重『シンセミア』、伊坂幸太郎の『重力ピエロ』や『アヒルと鴨のコインロッカー』、歌野晶午の緻密なミステリー『葉桜の季節に君を想うということ』、小川洋子の感動的な物語『博士の愛した数式』などが読者の支持を得ました。若手では島本理生『リトル・バイ・リトル』（野間文芸新人賞受賞）や中村文則『銃』が登場。村山由佳は直木賞受賞作『星々の舟』を、森絵都は青春小説『永遠の出口』を上梓しました。また、谷川流によるライトノベルシリーズ「涼宮ハルヒの憂鬱」が始まり、新たなファン層を獲得しました。

小説以外の書籍では、前述の養老孟司『バカの壁』が圧倒的な売上を記録。村上春樹は自身の著作『少年カフカ』や、J・D・サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の新訳を刊行し、大きな話題を呼びました。翻訳家・柴田元幸氏との対談集『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』も出版されています。評論分野では内田樹『映画の構造分析』、吉本隆明『夏目漱石を読む』（小林秀雄賞受賞）などが刊行されました。児童文学では、宮西達也の絵本『おまえ うまそうだな』や、令丈ヒロ子の人気シリーズ『若おかみは小学生!』が登場しています。

逝去した文学関係者

2003年には、国内外の文学界に大きな足跡を残した多くの著名人が惜しまれつつこの世を去りました。

日本国内では、小説家の生島治郎（享年70）、黒岩重吾（享年79）、三枝和子（享年74）、都筑道夫（享年74）、詩人・小説家の水芦光子（享年89）、劇作家の榎本滋民（享年72）や岸田理生（享年57）、ロシア文学者の泉三太郎（享年76）、古代インド文学研究者の上村勝彦（享年58）、精神科医で『モラトリアム人間の時代』などの著書がある小此木啓吾（享年73）といった方々が逝去しました。

海外に目を向けると、フランスの作家モニック・ウィティッグ（享年67）やセバスチアン・ジャプリゾ（享年71）、哲学者モーリス・ブランショ（享年95）、イギリスの小説家ギャビン・ライアル（享年70）、パレスチナ系アメリカ人の文学研究者・批評家エドワード・サイード（享年67）、米国の漫画家・児童文学作家ウィリアム・スタイグ（享年95）、ソビエト連邦出身の作家アレクサンドル・ゴルボフスキー（享年73）などが亡くなりました。これらの人々の功績は、後世に大きな影響を与え続けています。

2003年は、新たな動きと話題作の誕生、そして多くの功労者の逝去という、文学界の歴史において記憶されるべき一年となりました。

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