薬膳

薬膳とは

薬膳とは、中医学の理論を基盤とし、身体の不調を改善するために、食材が持つ本来の薬効を活かした食事療法です。単に栄養を補給するだけでなく、体質や季節、個々の状態に合わせて食材を組み合わせることで、心身のバランスを整え、健康を促進します。

名称と定義

薬膳の概念は古代中国から存在していましたが、体系的な飲食療法として提唱されたのは1982年のことです。中国の医学研究者である翁維健氏によって提唱され、1992年に出版された『中国薬膳大辞典』において、薬膳は「食物の性質と成分を応用し、特定の臓腑に作用させ、気血を調和させ、陰陽のバランスを整え、疾病の予防や健康の維持・増進を目的とする」と定義されました。

日本では、薬膳は健康食として広まりましたが、生薬を安易に料理に加える風潮も見られました。そのため、「薬膳料理」という言葉が使われるようになりました。しかし、「膳」という漢字自体に「料理」の意味が含まれているため、中国語話者からすると「薬膳料理」という言葉は重言であると認識されます。

元来、薬膳は中国伝統の食事療法である「食薬同源」の考え方に基づいています。日本では、漢方薬として使われる生薬を料理に加えて健康効果を謳う料理を指すこともありますが、本来の薬膳は、病気の治療のために作られたものであり、日本のメディアで宣伝されるような栄養補給、病気の予防、美容、元気の回復、食欲の満足といった要素は含まれていません。

概要

薬膳では、海松子（松の実）、金針菜（ホンカンゾウの花のつぼみ）、枸杞（クコの実）、紅花、山査子（サンザシの実）、銀耳（白きくらげ）、大棗（ナツメの実）、蜂花粉、百合（ユリの根）、竜眼肉など、生薬の原料となる食材だけでなく、自然界にある全てのものを食物と捉えます。そして、個々の体質や臓器に適した食物をどのように摂取するのが効果的かを重視します。この考え方は、日本語の造語である「医食同源」に通じます。

中医学における帰経（きけい）や予防医学の観点から、料理が作られます。帰経とは、食材がどの臓腑や経絡に作用するかを指し、この考え方を基に、体質や不調に合わせて食材が選ばれます。

起源

薬膳の起源は、数千年にわたる食・薬・医の歴史に遡ります。まず、「食薬同源」「医食同源」という思想が生まれ、その後に中医学が発展しました。

『黄帝内経』の「素問」臓気法時論篇第二十二には、「五穀は養いとなり、五果は助けとなり、五畜は益となり、五菜は充たす。気味合わさりてこれを服すれば、もって精気を補益す」という記述があり、食事の医療的な作用を明確に説明しています。

具体的には、以下のように食材と身体の関係が示されています。

五穀：麦、黍、稗、稲、豆。穀類は主な食材として五臓を養う。
五果：梨、杏、棗、桃、栗。果物は五臓の働きを助ける。
五畜：鶏、羊、牛、鴨、豚。肉類は五臓を補う。
五菜：葵、藿、薤、葱、韮。野菜は五臓を充実させる。

これらの食材をバランスよく組み合わせることで、身体の精気を補うことができると考えられてきました。また、それぞれの食材には対応する臓腑に特定の効果があることも経験的に認識されてきました。

五穀に関しては、「周礼」「孟子」「楚辞」「素問」など、様々な古典において異なる種類が挙げられていますが、いずれも穀類が健康維持に重要な役割を果たしていたことを示しています。

生薬

中国では、薬膳に使われる生薬を中薬（ちゅうやく）と呼びます。代表的なものとしては、以下のようなものがあります。

海松子（かいしょうし）：松の実
金針菜（きんしんさい）：ユリ科のホンカンゾウの花のつぼみ
銀耳（ぎんじ）：白木耳
枸杞子（くこし）：クコの実
紅花（こうか、べにばな）
山査子（さんざし）：サンザシの実
大棗（たいそう）：ナツメの実
蜂花粉
百合（びゃくごう）：ユリの根
竜眼肉（りゅうがんにく）：リュウガンの仮種皮
甘草（かんぞう）：カンゾウの根

これらの生薬は、その効能によって11種類に分類されます。

1. 解表類
2. 清熱類
3. 祛湿類
4. 温裏類
5. 理気類
6. 理血類
7. 消食類
8. 化淡止咳平喘類
9. 補益類
10. 収渋類
11. その他

さらに、これらの分類は細分化することが可能です。

概念

薬膳では、医食同源の思想に基づき、食材を五行の考え方で分類します。食材は「熱、温、涼、寒」の四気に分けられ、摂取した時に体がどのように感じるかで判断されます。また、どちらにも属さない食材は「平」とされます。これらの分類は、体質や病気の性質に合わせて定義されます。

食材の味覚は「酸、苦、甘、辛、鹹」の五味に分けられ、それぞれ以下のような作用があるとされます。

酸（渋）：収斂、固渋の作用
苦：瀉下、燥湿の作用
甘：補益、和中、緩急の作用
辛：発散、行気、活血、滋養の作用
鹹：軟堅、散結、瀉下の作用

味のはっきりしない食品は「淡」とされ、滲泄、開竅、健脾の作用があるとされます。

これらを合わせて四気五味（または五気六味）と呼びます。

これらの体感は自律神経によるもので、例えば冷え性は血管の収縮や弛緩を調整する働きの不調から起こります。薬膳では、これらの不調を改善する成分を含む食品を摂ることが重要と考えられています。

熱温性食品

成長が遅く、水分が少なく、小さくて硬い食品で、ビタミンEやビタミンB1などが含まれます。

例：カボチャ、栗、クルミ、ニンニク、ニラ、ネギ、玉ねぎ、らっきょう、山椒、胡椒、唐辛子、芥子、生姜、紫蘇、パセリ、人参、春菊、蕗、山菜、ウナギ、ナマコ、マグロ、鯛、蜂蜜、牡蠣、牛肉、羊肉、鶏肉、餅、味噌、酒、ビール、酢

涼寒性食品

成長が早く、水分が多く、大きく柔らかい食品で、利尿作用を助ける成分が含まれます。

例：茄子、トマト、キュウリ、セロリ、ごぼう、ほうれん草、柿、キウイフルーツ、バナナ、枇杷、豚肉、レモン、みかん、梨、りんご、スイカ、パイナップル、柚子、アスパラガス、チシャ、苦瓜、蕪、もやし、冬瓜、そば、緑豆、アサリ、しじみ、アワビ、蛤、ウニ、タコ、カニ、牛乳、醤油、塩、味噌、豆腐、小麦、キンカン、夏みかん、ポンカン、伊予柑、イチゴ、ザボン、干し柿、メロン、マンゴー、サトウキビ、マクワウリ、空心菜、ナズナ、クワイ、たけのこ、ユリ根、蓮根、マッシュルーム、小豆、おから、白身、ワカメ、テングサ、海苔、コンブ、ヒジキ、イワシ、タニシ、緑茶、ジャスミン[[茶]]、ウーロン茶、ゴマ油、サフラン、アロエ、ハッカ、ドクダミ、粟、ツルムラサキ

平性食品

熱性でも寒性でもない食品。

例：レモン、大根、納豆、玄米、ジャガイモ、大豆、サンマ、里芋、鶏卵、葛、ハトムギ、キャベツ、トウモロコシ

昇降浮沈

食材には、作用の傾向として「昇・浮」と「降・沈」があります。「昇・浮」は上昇や発散を意味し、「甘」「辛」の味や温熱性の食材、花や葉のような軽いものに多く見られます。「降・沈」は下降や泄利を意味し、「酸（渋）」「苦」「鹹」の味や寒涼性の食材、茎、根、実、石、貝類のような重いものに多く見られます。

帰経

帰経とは、食材の作用と臓腑、経絡を結び付け、その主な作用を定位することです。食材は、特定の臓腑に作用すると考えられており、その色や味によって、どの臓腑に入る（効果がある）かが異なるとされます。

酸味は「肝経」に入りやすい。
苦味は「心経」に入りやすい。
甘味は「脾経」に入りやすい。
辛味は「肺経」に入りやすい。
鹹味は「腎経」に入りやすい。

配伍

薬膳では、食材を単体で使用することは少なく、複数の食材を組み合わせて使用することが一般的です。この組み合わせは「配伍」と呼ばれ、食材同士の関係は7通りあります。

単行：単一の食材を使用する。
相須：同じ効能を持つ食材を一緒に使うことで効果を高める。
相使：一方を主とし、他方を輔とすることで主薬の効果を高める。
相畏：主薬の毒性や副作用を他の食材で軽減させる。
相殺：他の食材の副作用を主薬で軽減させる。
相反：複数の食材を組み合わせることで副作用が生じる。
相悪：複数の食材を組み合わせることで効果が低減または無効になる。

相反と相悪の配伍は誤解や不勉強によって日常的に見られるため、避けることが望ましいとされています。

主な薬膳

薬膳の代表的なメニューとして、十全大補の材料を煮込んだスープがあります。これは薬膳スープと呼ばれ、排骨、鳥、なまず、羊などの肉を加えて作られます。メニューには「十全○○」と表記され、○○の部分には使用されている具材が示されます。

参考文献

北京中医薬大学（日本中医学院）
中医学
伝統医学
東洋医学
生薬
漢方薬
生薬一覧
薬草

薬膳