ヒンドゥー・ナショナリズム

ヒンドゥー・ナショナリズム：インドの伝統と現代政治の狭間で

ヒンドゥー・ナショナリズムは、インドを舞台とする、ヒンドゥー教を基盤とした政治思想です。インドの歴史、文化、精神性に根ざしたナショナリズムと言えるでしょう。ただし、日本の報道ではしばしば「ヒンドゥー至上主義」と表現されますが、これはヒンドゥトヴァと混同した表現であり、国際的には「ヒンドゥー民族主義」という呼称が一般的です。

この思想の起源は、イギリスによるインド植民地支配への抵抗運動に遡ります。武装闘争から非暴力・不服従運動まで、多様な活動を通じて形成されてきました。マハトマ・ガンディーとは異なる社会思想として、現在も多くの支持者や団体が存在し、インド政治に無視できない影響を与えています。

インド人民党とRSS：ヒンドゥー・ナショナリズムの中核

インドの与党であるインド人民党は、事実上、民族義勇団（RSS）を母体としています。RSSはヒンドゥー・ナショナリズム最大の組織であり、歴史修正主義的な見解や、非ヒンドゥー教徒への弾圧などを批判されています。現首相のナレンドラ・モディ氏もRSSの元活動家として知られており、この団体との関係が、彼の政治姿勢に影響を与えていると指摘されています。

ヒンドゥー・ナショナリストのスローガンである「Desh ke gaddaron ko Goli maro（国の裏切り者を撃て）」は、その強硬な姿勢を表す象徴的な言葉です。

語源と歴史：ヒンドゥー教とナショナリズムの融合

「ヒンドゥー」という語は、サンスクリット語のインダス川を意味する「sindhu」に由来します。ペルシア語を経由してインドに逆輸入され、イギリス植民地時代にインドの民族宗教を包括的に示す名称として定着しました。

ヒンドゥー・ナショナリズムの歴史は古く、7世紀頃のバクティ運動にまで遡ります。バクティ運動は、神への信愛を強調し、伝統的なカースト制度や宗教儀式に捉われない点で、バラモン階級から反発を受けました。しかし、後にはヒンドゥー教の主流となりました。

イスラーム勢力の台頭に対抗する形で、ヒンドゥー教の結束が強まりました。ムガル帝国のアクバル帝の寛容政策とは対照的に、アウラングゼーブ帝による弾圧は、マラーター王国などのヒンドゥー教勢力の抵抗を招き、やがてイギリスとの抗争へと繋がっていきます。

19世紀の改革と20世紀の台頭

19世紀には、ブラフモ・サマージやアーリヤ・サマージなどのヒンドゥー教改革運動が興隆しました。これらは、偶像崇拝批判、カースト制度批判、社会改革を掲げていました。また、ヴィヴェーカーナンダは普遍宗教を提唱し、ヒンドゥー教の新たな地平を開きました。ヴィヴェーカーナンダの思想は、ガンディー主義や後のインド大統領のラーダークリシュナンの思想にも影響を与えましたが、同時にヒンドゥー・ナショナリズムの源流にもなりました。

20世紀初頭、ヴィナーヤク・ダーモーダル・サーヴァルカルは「ヒンドゥトヴァ」という概念を提唱し、ヒンドゥー・マハーサバーを創設しました。彼はラーマーヤナを引用し、暴力的な独立闘争を主張しました。一方、ガンディーは非暴力主義を貫き、独立運動を指導しました。

ナチズムとの関連と現代社会問題

RSSやインドのヒンドゥー至上主義は、ナチス・ドイツとアドルフ・ヒトラーの影響を受けていると指摘されています。インドでは、イギリスからの独立を目指す中でナチスへの共感が見られ、ヒトラー崇拝が欧米ほど忌避されていません。

2020年の新型コロナウイルス感染拡大の際、一部政治家はイスラム教徒をウイルス拡散の犯人と主張し、SNS上ではイスラム教徒への憎悪扇動が横行しました。こうした事象は、ヒンドゥー・ナショナリズムの負の側面を示しています。

インド独立とその後：RSSの伸張とサン・パリヴァール

インドとパキスタンが分離独立した1947年は、ヒンドゥー・ナショナリズムの転換期となりました。ガンディー暗殺事件は、ヒンドゥー・ナショナリストへの批判を招きましたが、RSSは活動禁止処分を受けた後、活動を再開しました。

その後、RSSはサン・パリヴァール（諸団体の一家）と呼ばれる組織網を構築し、政治、社会、宗教活動など幅広い領域で影響力を拡大しました。1951年にインド大衆連盟（後のインド人民党）を結成し、現在に至るまでインドの政治に大きな影響を与え続けています。

ヒンドゥー・ナショナリズムは、ガンディーやネルーらの歴史観に対する異議申し立てとして発展してきました。近年は、アヨーディヤーのバーブリー・マスジド破壊事件などの宗教間対立や、インド人民党による政権運営を通して、その動向が世界的に注目されています。

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