ベンヴェヌート・チェッリーニ (オペラ)

オペラ『ベンヴェヌート・チェッリーニ』

エクトル・ベルリオーズが作曲したオペラ『ベンヴェヌート・チェッリーニ』（作品23、H.76）は、2幕から構成される作品です。日本では序曲のみが知られていますが、近年では全曲での上演が増加傾向にあります。ルネサンス期の彫刻家ベンヴェヌート・チェッリーニを主人公としており、彼の波乱に満ちた人生と芸術への情熱を描いています。

作曲の経緯と初演

ベルリオーズは、チェッリーニの自伝に感銘を受け、1834年頃からオペラ化を構想しました。台本作家たちと協力し、オペラ・コミックとして制作を開始、1836年には草稿が完成。その後、オーケストレーションを経て1838年に全曲が完成しました。同年9月10日にパリのオペラ座で初演されましたが、聴衆の期待に合わず、不評に終わりました。

失敗の原因として、当時の聴衆がグランド・オペラのスタイルを求めていたことや、台本がオペラ・コミック向きではなかったこと、そしてベルリオーズが音楽評論家として業界から反感を買っていたことなどが挙げられます。ベルリオーズ自身も、「チェッリーニの生涯のエピソードに心を打たれたが、それが不幸の原因だった」と述懐しています。

しかし、ベルリオーズは自身の作品を高く評価しており、「この作品は、楽想の豊かさ、情熱、音楽的色彩の輝きにおいて、今後の作品にも例がないほどである」と語り、その価値を確信していました。

音楽

音楽評論家ヴォルフガング・デームリングは、『ベンヴェヌート・チェッリーニ』を「オペラの規範を大胆に踏み越えている」と評し、高度な技巧と表現力を備えたアンサンブルを絶賛しています。特に第一幕のフィナーレは、重層的な構造を持ち、ベルリオーズの独壇場と言えるでしょう。また、懺悔火曜日の壮大なシーンは、「乱痴気騒ぎや復讐に我を忘れて行くうちに声が声にかき消されてしまう空前のシーン」であり、「劇音楽がこれまでに提示し得た、どんな感動的な大場面も凌駕している」と評されています。

D.J.グラウトは、「オベール風のオペラ・コミックでありながら、音楽的なスタイルは変化に富み、独創的である」とし、序曲はベルリオーズの短い器楽曲の中でも最高傑作の一つだと述べています。緊迫感と情熱的な管弦楽が特徴で、フランス・ロマン派オペラの傑作とされています。

原作と台本

原作は、チェッリーニ自身の自叙伝です。13歳の筆記者に口述筆記させたもので、その自由奔放な文体と奔放な内容が特徴です。この自叙伝は、ゲーテによってドイツ語訳が刊行され、フランスでも翻訳され、ルソーやスタンダールなどの支持を集めました。ベルリオーズもその一人でした。オペラの主題は、芸術と芸術家であり、チェッリーニの自伝に描かれているペルセウス像の鋳造シーンが壮大なスペクタクルとして舞台化されています。しかし、台本にはいくつかの不可解な点も残されており、フィエラモスカの改心や、ペルセウス像の完成による殺人罪の許し、テレーザとの恋が後半で副次的なテーマになる点などが指摘されています。

初演後

初演後、オペラはすぐにレパートリーから外されましたが、1852年にリストの指揮によってヴァイマルで上演された際には好評を博しました。その後、ベルリオーズ自身が改訂を行い、3幕版として再上演されました。その後、ベルリオーズの死後も、各地で上演されるようになり、近年になってその価値が見直されるようになりました。2003年にはメトロポリタン歌劇場で初演、2014年にはイングリッシュ・ナショナル・オペラが上演するなど、世界的に評価が高まっています。

主な上演記録

このオペラは、世界各地で様々な演出で上演されており、多くの指揮者や歌手によって録音もされています。以下に主な上演記録を記します。

1977年: バルセロナ・リセウ大劇場
1982年: リヨン歌劇場（ベルリオーズ・フェスティヴァル）
1987年: フィレンツェ五月音楽祭
1993年: パリ・オペラ座（バスティーユ歌劇場）
1995年: ローマ歌劇場
1999年: アムステルダム・コンセルトヘボウ、ロンドンロイヤル・フェスティヴァル・ホール
2002年: チューリッヒ歌劇場
2003年: パリモガドール劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス、ヴァイマルホール、BBCプロムス、ウィーン・コンツェルトハウス、ルートヴィヒスブルク音楽祭、フランダース・フェスティヴァル、コンツェルトハウス（ベルリン）、メトロポリタン歌劇場
2004年: ゲルゼンキルヒェン歌劇場
2006年: ストラスブール・ライン・ナショナル歌劇場
2007年: 紅海クラシカル・ミュージック・フェスティヴァル、サンクトペテルブルク白夜祭、ザルツブルク音楽祭、ストックホルムベルワルド・ホール
2008年: サンクトペテルブルク白夜祭、ニュルンベルク州立劇場
2013年: シャンゼリゼ劇場
2014年: ミュンスター劇場、イングリッシュ・ナショナル・オペラ
2015年: オランダ国立歌劇場、ケルン歌劇場、バルセロナ・リセウ大劇場、ボン歌劇場
2016年: ローマ・ローマ劇場、ケルン歌劇場、ニュルンベルク歌劇場
2018年: サンクトペテルブルクマリインスキー劇場、パリ・オペラ座（バスティーユ歌劇場）
2019年: BBCプロムス

序曲

序曲は、演奏会でもよく演奏される有名な楽曲です（H.76b）。約9分から11分の演奏時間で、華やかで躍動感のある音楽が特徴です。

楽器編成は、木管楽器、金管楽器、打楽器、その他（ギター、ハープ、小鉄床、弦5部）から構成されます。

登場人物

ベンヴェヌート・チェッリーニ（テノール）
テレーザ（ソプラノ）：バルドゥッチの娘
バルドゥッチ（バス）：教皇の会計係
フィエラモスカ（バリトン）：彫刻家
アスカーニオ（メゾソプラノ）：チェッリーニの弟子
教皇クレメンス7世（バス）
その他（合唱）：バルドゥッチ家の女中たちと近隣の人々、彫金師たち、芸人たち、踊り手たち、仮面劇の役者たち、教皇の従者たち、衛兵たち、修道女たち、鋳造所の人たち、ローマの人々

演奏時間

全曲で約2時間30分（第1幕：約1時間20分、第2幕：約1時間10分）

あらすじ

舞台は16世紀のローマ。謝肉祭を背景に、3日間の出来事を描きます。

第1幕

第1場

バルドゥッチ邸にて。テレーザは、父が教皇にペルセウス像の制作をチェッリーニに依頼したことを知り、フィエラモスカとの結婚を望む父に不満を抱いています。チェッリーニから花束と手紙が届き、謝肉祭での逢引きを約束しますが、フィエラモスカに盗み聞きされてしまいます。

第2場

コロンナ広場にて。チェッリーニとその仲間たちは、金細工の歌を歌い、ペルセウス像制作の資金を受け取ります。フィエラモスカはポンペーオと共謀し、チェッリーニを陥れようとします。謝肉祭の騒ぎの中、変装したチェッリーニとフィエラモスカたちが鉢合わせになり、争いの末、チェッリーニがポンペーオを殺害してしまいます。逮捕されそうになりますが、謝肉祭の終わりを告げる大砲の音を機に逃亡します。

第2幕

第1場

チェッリーニのアトリエにて。逃走したチェッリーニをテレーザとアスカーニオが待ちます。チェッリーニは、フィレンツェへの逃亡を計画しますが、ペルセウス像の鋳造を促されます。バルドゥッチとフィエラモスカが現れ、チェッリーニを殺人者として非難します。そこへ教皇が現れ、チェッリーニにペルセウス像を完成させるよう命じます。

第2場

チェッリーニの鋳物工場にて。チェッリーニは困難に直面しますが、テレーザの助けと仲間の金細工たちの協力を得て、ペルセウス像を完成させます。教皇はチェッリーニの罪を許し、テレーザとの結婚を認めます。オペラは、金細工たちを称える合唱で幕を閉じます。

初演時の衣装

(画像は省略)

録音

以下に主な録音を記します。

アンタル・ドラティ指揮（1964年ライブ録音）
ジョン・プリッチャード指揮（1966年録音）
小澤征爾指揮（1973年ライブ録音）
コリン・デイヴィス指揮（1972年録音）
サラ・コールドウェル指揮（1975年録音）
ロジャー・ノリントン指揮（2003年録音）
ジョン・ネルソン指揮（2003年録音）
ジェームズ・レヴァイン指揮（2003年ライブ録音）
コリン・デイヴィス指揮（2007年録音）
ヴァレリー・ゲルギエフ指揮（2007年ライブ録画）
マーク・エルダー指揮(2015年ライブ録画)

参考文献

作曲家別名曲解説ライブラリー:ベルリオーズ（音楽之友社）
『ベルリオーズとその時代』ヴォルフガング・デームリング著、西村書店
『ラルース世界音楽事典』福武書店
『不滅の大作曲家ベルリオーズ』シュザンヌ・ドゥマルケ著、音楽之友社
Mémoires, Hector Berlioz; Flammarion
『オペラハウスは狂気の館-19世紀オペラの社会史』ミヒャエル・ヴァルター著、春秋社
『新グローヴオペラ事典』白水社
『オペラ名曲百科上増補版イタリア・フランス・スペイン・ブラジル編』永竹由幸著、音楽之友社
『ロマン派の音楽』R.M. ロンイアー著、東海大学出版会
『チェッリーニ自伝（上・下）』古賀弘人訳、岩波文庫
『オペラ史(下) 』D.J. グラウト著、音楽之友社

外部リンク

* Benvenuto Celliniの楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)

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