吉士

吉士（きし）とは

吉士（きし）は、古代日本のヤマト政権において用いられた姓（かばね）の一つであり、氏（うじ）としても機能しました。「吉志」「吉師」「企師」とも表記されます。この姓を持つ氏族は、渡来人を祖とするものが多く、特に難波（現在の大阪周辺）を拠点としていました。

起源

吉士の起源は、古代朝鮮における「王」や「首長」を意味する称号「於羅瑕（おらげ）」（または「鞬吉支（けんきし）」）にあるとされています。この称号が渡来人の間で使われるようになり、やがて姓や氏として定着したと考えられています。

本居宣長の『古事記伝』によれば、新羅の官位の一つである「吉士」に由来するとされています。新羅の官位制は6世紀初頭に成立しており、この「吉士」は中央役人の官位である京位の14位に相当するとされています。また、「稽知」「吉之」「吉次」といった表記も見られます。

主な氏族

吉士の姓を持つ氏族には、主に以下の3つの流れがあります。

1. 大彦命（おおひこのみこと）を祖とする氏族：後の難波吉士（なにわのきし）であり、難波日鷹吉士（なにわのひたかのきし）や大草香吉士（おおくさかのきし）などがこの流れに属します。
2. 百済の努理使主（ぬりの おみ）を祖とする氏族：中国の周人を祖先とする百済の渡来人で、後の調吉士（つきのきし）となりました。
3. 新羅王子の天日槍（あめのひぼこ）を祖とする氏族：後の三宅吉士（みやけのきし）がこの流れにあたります。

歴史

『日本書紀』には、安康天皇時代に大草香皇子に殉死した難波吉師日香蚊（なにわのきし ひかか）父子の話や、雄略天皇時代に日香蚊の子孫を捜し出し「大草香部吉士」とした記述があります。これは、難波吉士氏の一族が草香部吉士に改姓したか、あるいは草香部吉士氏が難波吉士氏の分流として成立したことを示唆しています。

また、雄略天皇8年には難波吉士赤目子（なにわのきし あかめこ）が「日本府行軍元帥」に任命された記録や、安閑天皇2年には難波吉士が屯倉（みやけ）の税を管理していたという記録も残っています。

推古天皇時代には、吉士磐金（きし いわかね）が新羅への使者として派遣されていますが、最初は「難波吉士磐金」と表記され、後に「吉士磐金」と表記されるようになります。さらに、舒明天皇の弔いの使者として「草壁吉士磐金」の名が見え、同一人物と考えられています。同様の例として、難波吉士雄成（なにわのきし おなり）が遣[[隋使]]として派遣される際に、「吉士雄成」と表記されるようになった例も挙げられます。

これらの事例から、「難波吉士」という呼称は、特定の氏族ではなく、複数の氏族の集合体であった可能性も指摘されています。

吉士氏族は、6世紀から7世紀にかけて、朝鮮半島諸国や中国の南朝・唐などとの外交交渉で重要な役割を担いました。遣[[隋使]]や遣唐使にも多く任命され、これらの国々の使節を迎える役も担当しました。

しかし、7世紀後半になると、他の氏族（西文氏や史姓の氏族など）からも外交官が登用されるようになり、吉士氏族の外交における役割は薄れていきました。

その後

天武天皇10年には、草香部吉士大形（くさかべのきし おおかた）が「難波連（なにわのむらじ）」の姓を賜り、その後、草壁吉士氏は三宅吉士氏とともに「連」の姓を与えられました。さらに、八色の姓制定後には、三宅連一族は「宿禰」姓を、難波連一族は「忌寸」の姓を授けられましたが、残りの吉士氏族は「連」や「吉士」の姓のままでした。

8世紀以降も、吉士氏族は摂津国東成・西成両郡の氏族として存続し、難波館（なにわのむろつみ）での外交儀礼を管掌しました。『北山抄』によれば、大嘗祭の際には阿倍氏に率いられて吉志舞を奏上したとされています。また、『続日本紀』には、道鏡が太政大臣禅師に任じられた際に「黒山企師部」の舞が奏上された記述もあります。

まとめ

吉士は、渡来人を祖とする古代日本の氏族であり、外交や祭祀で重要な役割を果たしました。難波を拠点とし、時代とともにその役割や姓を変えながらも、歴史の中にその名を刻んでいます。

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