大橋史典

大橋史典：特撮界のパイオニア

大橋史典（おおはし ふみのり、1915年1月10日 - 1989年9月20日）は、昭和期の日本映画界において、俳優、特殊造形家、スーツアクター、特技監督、映画監督と多岐にわたる分野で活躍した人物です。本名は大橋幸利（おおはし ゆきとし）。旧芸名には大橋行利（読み同じ）などがあります。

生い立ちと初期のキャリア

愛媛県に生まれた大橋は、東京美術学校（現在の東京藝術大学）彫刻科を卒業後、1935年に松竹蒲田撮影所に入所。演出助手として小津安二郎や島津保次郎といった巨匠たちのもとで映画制作の基礎を学びました。キャメラマンとしての経験も積み、その後市川右太衛門プロダクションにも関わりました。

1936年、全勝キネマの設立に参加し、俳優として活動を開始。当初は大橋行利の芸名で活動していましたが、後に樺山龍之介と改名し、『巌窟王ターザン』などの作品で和製ターザン役として人気を博しました。

特撮への情熱

1933年のアメリカ映画『キングコング』に衝撃を受けた大橋は、1938年に熊谷草弥監督の『江戸に現れたキングコング』で猿人の造形を担当。自らスーツアクターも務めるなど、裏方としても才能を発揮しました。

応召を経て、大映京都撮影所やマキノ芸能社を経て東宝に入社。山本嘉次郎監督の助監督を務める傍ら、相良三四郎の芸名で俳優活動も継続しました。

1948年には宝プロダクション撮影所の映画『忍術自来也』で大蝦蟇、大蛇、大蛞蝓といった特殊造形を手がけ、軽量化されたぬいぐるみ制作のため、コムパウンド・ラテックスを独自に開発し特許を取得しました。

大橋工芸社とディズニーランド

1951年、京都府に大橋工芸社を設立。この頃、アメリカに渡り、ロサンゼルスで建設中のディズニーランドの美術スタッフとして2年間、大道具や小道具の制作に携わりました。帰国後、1954年の映画『ゴジラ』では初代ゴジラの造形に関与したとされていますが、現存する資料からは確認されておらず、関係者からの証言も分かれています。しかし、大橋が東宝の造形スタッフに自家製の軽量な「プラテックス」の技術指導を行ったことは事実として語られています。

雪男と俳優としての活躍

1955年、本多猪四郎監督の映画『獣人雪男』では、初期の雪男の造型とスーツアクターを担当。最終的に劇中で使用された雪男の顔面は、東宝の造形チーフ利光貞三が制作しましたが、大橋の作った雪男はスチル写真で使用されました。

この頃から俳優活動も「大橋史典」名義で行うようになり、『蜘蛛巣城』や『用心棒』など、黒澤明監督作品にも出演しています。また、大橋工芸社として東宝以外にも大映京都撮影所や東映京都撮影所の作品で多くの造形を担当しました。

テレビ特撮への進出と日本特撮株式会社

1963年、日本電波映画と専属契約を結び、テレビ特撮ドラマ『アゴン AGON』の制作を手掛け、本編・特撮の演出も担当。また、冒険ドラマ『ジャングルプリンス』でゴリラのキャラクター「ロボラ」などを制作しました。この頃、大橋が手がけたアゴンの造形が「ゴジラの盗作である」と東宝からクレームがあったものの、大橋が初代ゴジラの造形に関わっていたということで東宝側はこれを取り下げたという逸話も残っています。

1964年には、円谷特技プロダクションのテレビ特撮番組『ウルトラQ』に怪獣造形で参加した高山良策にラテックスの技法を伝授しました。

1965年、日本電波の社長室に展示されていたゴリラの造形物「ロボラ」がアメリカの映画スタッフの目に止まり、ハリウッドから特殊造形スタッフとして契約を持ちかけられました。また、20世紀フォックス社からケンタウルスの撮影用ぬいぐるみの製作を依頼されました。東急エージェンシーはこの商機に目を付け、大橋の引き抜きを画策しました。

1966年、東急エージェンシーの仲介で、ピー・プロの社長うしおそうじの自宅に匿われ、テレビ特撮番組『マグマ大使』の造形を担当。マグマ大使、ゴア、大恐竜アロン、モグネス、バドラなどを制作しました。当初、マグマ大使は演技者の顔が露出するデザインでしたが、大橋がマスク形式に変更しました。

その後、東急エージェンシーが100%出資して設立した日本特撮株式会社の社長に就任。米国スクリーン・ジェームス社発注のテレビ特撮番組『怪獣王子』を制作開始しますが、製作体制の不備からトラブルが続き、番組は予定の半分の本数で打ち切られることとなりました。1968年にはパイロット作品『おらあカッパだ』を制作しましたが、大橋は社長を更迭され、日本特撮K.K.は倒産しました。

ハリウッドでの活躍と晩年

1967年、英国映画『007は二度死ぬ』の美術スタッフに参加。また、渡米し、『猿の惑星』の造形スタッフとして猿のマスクや手の造形を手掛けました。その後は映像作品での目立った活動は少なくなりましたが、オリジナル怪獣「アゴン」のバリエーション怪獣を連れて、各地の怪獣アトラクション巡業で活躍しました。

1977年、東映京都撮影所での『恐竜・怪鳥の伝説』での造形が最後の映画作品となりました。1989年9月20日、74歳で死去。

人物像とエピソード

大橋は酒豪で弁舌の才があり、豪放磊落な人物だったと言われています。また、造形に関しては芸術家肌で、こだわりが強く、何度も手直しを重ねるうちに表皮が肉厚になり、常人が演じるには硬すぎるものとなるため、大橋自身がスーツアクターを務めることが多かったそうです。

彼の卓越した造形技術は、『マグマ大使』のアロンの喉元に風船を仕込むことで、ひくつかせる表現を実現するなど、当時としては画期的なものでした。また、類人猿の造型にも定評があり、ハリウッドからの引き抜き話からもその技術の高さが伺えます。

俳優としての出演作では、『用心棒』で強烈な印象を残しており、その際に使用された精巧な片腕の模型は、黒澤明監督も驚愕したとされています。

怪獣マニアの間では、親しみを込めて「大橋シテンさん」と呼ばれていました。

主な作品

1938年 - 『巌窟王ターザン』（出演）、『江戸に現れたキングコング』（造形・出演）
1954年 - 『ゴジラ』（造形指導）
1955年 - 『獣人雪男』（造形・出演）
1956年 - 『水戸黄門 怪力類人猿』（ゴリラの造形・実演）、『水戸黄門 人喰い狒々』（白狒々の造形・実演）、『宮本武蔵　決斗巌流島』（出演）
1957年 - 『蜘蛛巣城』『柳生武芸帳』（出演）、『地球防衛軍』（モゲラ造形）、『赤胴鈴之助　鬼面党退治』（山犬神の造形）
1958年 - 『隠し砦の三悪人』（出演）、『赤胴鈴之助 三つ目の鳥人』（鳥人の造形）、『赤胴鈴之助　黒雲谷の雷人』（雷人の造形）
1959年 - 『孔雀城の花嫁』（出演、熊の造形）、『里見八犬伝』（大蝦蟇、大蛇、大蝙蝠、鷲、半蛇人の造形）
1960年 - 『大江山酒天童子』（怪牛ほかの造形）
1961年 - 『用心棒』（出演、造形）、『釈迦』（造形）
1962年 - 『椿三十郎』（出演、人の手造型）、『鯨神』（造形）
1962年 - 『どぶろくの辰』
1963年 - 『柳生武芸帳 片目の十兵衛』（出演）、『アゴン AGON』（造形・特技監督・監督。放映は1968年。ビデオ化時のタイトルは「幻の大怪獣 アゴン」）、『SFモンスター大作戦』（造形）
1966年 - 『マグマ大使』（造形・特撮監修。第一話の大恐竜は自作自演。また、怪獣アゴン、モグネス、バドラのデザインも担当）
1967年 - 『怪獣王子』（造形）
1968年 - 『おらあカッパだ』（製作・特撮監督。パイロット版のみ。未放送）
1977年 - 『恐竜・怪鳥の伝説』（造形・操演）



大橋史典は、その多才な才能と創造への情熱によって、日本の特撮史に大きな足跡を残しました。彼の作品は、今もなお多くの人々に愛され続けています。

もう一度検索