庾冰

庾冰（ゆ ひょう）

庾冰（296年 - 344年）は、東晋時代の政治家・武将であり、字は季堅（きかん）。潁川郡鄢陵県（えいせんぐんえんりょうけん、現在の河南省許昌市鄢陵県）の出身です。父は庾琛（ゆ しん）。兄に庾亮（ゆ りょう）、妹に庾文君（ゆ ぶんくん）、弟に庾翼（ゆ よく）がいます。また、庾希（ゆ き）や庾道憐（ゆ どうれん）らの父でもあります。

生涯

幼い頃から兄である庾亮の薫陶を受け、その才能を高く評価されていました。庾亮は庾冰を「庾氏の宝」と評したほどです。若い頃に西晋の司徒府から招聘を受けましたが、これには応じず秘書郎となりました。その後、永嘉の乱（えいかのらん）によって華北が荒廃すると、一族と共に南へ移住しました。永嘉5年（311年）には、華軼（か いつ）の討伐で功績を挙げ、都郷侯（ときょうこう）に封じられます。その後、王導（おうどう）の要請で司徒右長史（しとうちょうさ）に任命されました。

咸和2年（327年）、庾亮は北で強大な軍事力を持つ蘇峻（そ しゅん）を警戒し、庾冰を呉国内史（ごこくないし）に任命して備えさせました。しかし、蘇峻が反乱を起こすと、庾冰は抗戦したものの敵わず、任地を放棄して会稽（かいけい）へ敗走したため、呉国内史には蔡謨（さい ぼ）が任命されることになります。咸和3年（328年）、会稽内史の王舒（おう しょ）は庾冰を奮武将軍（しんぶしょうぐん）に任じて兵を与えましたが、反乱軍の張健（ちょう けん）に大敗したため、王舒によって職を解かれ、無官のまま王舒の軍に従軍することになりました。しかし、石頭城（せきとうじょう）攻略戦では司馬滕（しば とう）の軍に派遣され、成帝（せいてい、司馬衍）の奪還に貢献しました。乱の鎮圧後、朝廷からの恩賞を固辞し続け、最終的には彭沢県侯（ほうたくけんこう）となりました。その後、王舒の後任として会稽内史となり、入朝して中書監（ちゅうしょかん）・仮節（かせつ）・都督揚豫兗州三州諸軍事（ととくようよえんしゅうさんしゅうしょぐんじ）・征虜将軍（せいりょしょうぐん）に任じられ、兄である庾亮が去った後の中央での庾氏の影響力を維持しました。

咸康5年（339年）、宰相の王導が亡くなると、さらに朝政での存在感を増し、成帝の外戚として権勢を振るいました。咸康7年（341年）には、土断（どだん）を行い国内の戸籍を整理し、数万人の戸籍漏れを記録して税を徴収し、国庫の軍資金を蓄えさせました。咸康8年（342年）に成帝が病に倒れると、後継者の問題が浮上しました。成帝には司馬丕（しば ひ）と司馬奕（しば えき）という二人の皇子がいましたが、庾冰は「国難の時期に幼い君主はふさわしくない」として、琅邪王（ろうやおう）司馬岳（しば がく）を次期皇帝に推挙しました。この提案は何充（か じゅう）から批判を浴びましたが、庾冰は自身の権力でこれを押し通し、成帝の崩御後、司馬岳を康帝（こうてい）として即位させることに成功しました。康帝政権下では車騎将軍（しゃきしょうぐん）にまで上り詰めましたが、高位の将軍職を得たことで庾氏の権力を警戒する臣下から地方への出鎮を求められるようになります。

建元元年（343年）、武昌（ぶしょう）に鎮する安西将軍（あんせいしょうぐん）の庾翼が、後趙（こうちょう）の石虎（せきこ）を討つために北伐の襄陽（じょうよう）への移鎮を求めてくると、一度は却下しましたが、二度目の要請で桓温（かんおん）や司馬無忌（しば むき）と共に賛成しました。しかし、武昌の後任には車騎将軍である庾冰が任命され、仮節・都督江荊寧益梁交広七州豫州之四郡諸軍事（かせつ・ととくこうけいねいりょうえきりょうこうこうしちしゅうよしゅうのしぐんしょぐんじ）・江州刺史（こうしゅうしし）として庾翼の後援として送り出され、強大な軍権を得る代わりに中央から離れることとなりました。そして翌年の建元2年（344年）、康帝が急病により危篤となると、庾冰は以前に幼い君主を不適格とした手前、後継者を友好関係にある会稽王の司馬昱（しば いく）にしようと画策しましたが、中書監の何充はわずか2歳の康帝の実子である司馬聃（しば たん）を推し、康帝もこれを承諾して司馬聃を立太子して亡くなり、司馬聃が穆帝（ぼくてい）として即位しました。これにより何充が幼い穆帝を補佐することになり、庾冰はこれを憎んだと伝えられています。

しかし、庾冰は中央の動きに対応することなく、建元2年11月庚辰（344年12月29日）に病で亡くなりました。享年49歳。侍中（じちゅう）・司空（しくう）を追贈され、諡号（しごう）は忠成（ちゅうせい）とされました。死後、軍権は北伐を控えた弟の庾翼にほぼそのまま引き継がれました。

子女

庾希（ゆ き） - 東晋の将軍。北中郎将・徐兗二州刺史（ほくちゅうろうしょう・じょえんじしゅうしし）。廃帝司馬奕（はいたいしばえき）の廃立後、桓温と対立し誅殺されました。
庾襲
庾友（ゆ ゆう） - 東陽郡太守
庾蘊（ゆ うん） - 広州刺史
庾倩（ゆ せん） - 太宰長史
庾邈（ゆ ばく） - 会稽参軍
庾柔（ゆ じゅう） - 散騎常侍
庾道憐（ゆ どうれん） - 廃帝司馬奕の妻。海西公夫人（かいせいこうふじん）。

参考資料

『晋書』巻73 列伝第43
『資治通鑑』巻96 - 巻97

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