庾翼

庾翼（ゆ よく）

庾翼（305年 - 345年）は、東晋時代の政治家、武将、書家であり、字は稚恭（ちきょう）といいました。潁川郡鄢陵県（現在の河南省許昌市鄢陵県）の出身で、庾琛の子として生まれました。兄には庾亮、庾冰がおり、姉には庾文君がいます。また、庾方之、庾爰之の父でもあります。小庾、庾征西、庾小征西とも呼ばれていました。

生涯

庾翼は幼い頃からその優れた風貌と才能で知られており、杜乂には「陳郡において殷浩と並ぶ才名の持ち主」と評されました。庾兄弟の末弟として、兄たちと共に江南へと避難し、咸和3年（328年）の蘇峻の乱では、兄である庾亮の配下として百人ほどの兵を率いて石頭城に籠りましたが、衆寡敵せず温嶠の守る尋陽へと敗走しました。乱が鎮圧された後は、陶侃の参軍、従事中郎と昇進し、中央に召喚されて振威将軍・鄱陽郡太守、その後建威将軍・西陽郡太守に転じました。任地では民をよく労り、人々に喜ばれたといいます。

その後、南蛮校尉・南郡太守・輔国将軍に任命され、仮節を与えられました。咸康5年（339年）には、兄の庾亮が北伐を企図していることを察知した後趙の石虎が先手を打って侵攻してきます。庾翼は夔安・冉閔らに重要拠点である邾城を落とされ、さらに石頭城を包囲されますが、奇策を用いて密かに石頭城への兵糧補給を成功させ、守将の李陽と共に後趙軍を打ち破り、退けることに成功しました。邾城の失陥により庾亮の北伐計画は頓挫しましたが、石頭城防衛の功績により、庾翼は都亭侯の爵位を授けられました。

咸康6年（340年）に庾亮が没すると、都督江荊司雍梁益六州諸軍事・安西将軍・荊州刺史となり、庾亮の西府軍団の後継者として武昌に鎮しました。庾翼は領内の隅々にまで軍令を行き渡らせ、数年のうちに官府の倉庫や民の財産を充実させるなど、優れた政治手腕を発揮したため、後趙領の黄河以南の住民からも支持を得たといいます。建元元年（343年）には、後趙の汝南郡太守である戴開が数千人を率いて投降してきたことを機に、庾翼も北伐への大志を抱くようになり、前燕の慕容皝や前涼の張駿に使者を送り、時期が来れば呼応して挙兵するよう求めました。また、これに伴い領内での賦役を強化し、広州の海道の民を徴用しました。

庾翼は康帝に北伐を上表し、加えて鎮を対後趙の最前線である襄陽へ移すことへの許可を求めましたが、承認を得ないまま六州から牛や驢馬を徴発し始めたため、朝廷に却下されました。続いて安陸への移鎮を求めましたが、これも却下されました。これらの行動を車騎参軍の孫綽に諫められるも聞き入れず、夏口へと勝手に軍団を移動させ、再度襄陽への移鎮を上表すると、実兄の庾冰や桓温、譙王司馬無忌らの賛成によって襄陽への移鎮が承認され、都督征討諸軍事（後に征西将軍・南蛮校尉も追加）となりました。庾翼の代わりに庾冰が武昌へ、後任に入りました。

建元2年（344年）、庾翼は桓宣に後趙に占拠されていた樊城の攻略を命じましたが、桓宣は丹水の戦いで後趙の李羆に大敗を喫し、これに激怒した庾翼は桓宣を建威将軍に降格した上で峴山へと左遷しました。同年中に成漢討伐のため周撫と曹璩を派遣しましたが、江陽で李桓に敗れました。また、11月に庾冰が亡くなると、長子の庾方之に襄陽の守備を任せて夏口へと移り、庾冰の領兵を自らの指揮下に置きました。朝廷からは江州・豫州刺史に任じられましたが、豫州刺史は辞退し、代わりに楽郷への移鎮の許可を要求しましたが、朝廷に拒否されました。

永和元年（345年）、背中の腫瘍が悪化し、急逝しました。享年41。朝廷より車騎将軍を追贈され、諡号は粛とされました。亡くなった際の官位は、持節・都督江荊司梁雍益寧七州諸軍事・江州刺史・征西将軍・都亭侯でした。死に際し、庾翼自身は次男である庾爰之を後継に望みましたが、宰相の何充は荊州の戦略的重要性を考慮し、能力のある桓温を後任に据え、庾翼が持っていた強大な軍権をほぼそのまま桓温に引き継がせました。

人物・評価

庾翼は書家としても名高く、「故史従事帖」などの作品があります。草隷に優れ、当時においては王羲之と並ぶほどの人気があったといわれています。『書品』では「中之上」に格付けされています。

また、桓温の才能を早くから見抜いており、明帝に桓温を推挙する際に「若くして武略を知るので特別な職を与えるべき」「いずれ国の艱難を救う」と評しました。

参考文献

《晋書43・庾亮伝》附《庾翼伝》
《資治通鑑》巻九十七
《世説新語》
《宣和書譜》

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