数河高原

岐阜県飛騨市古川町数河地区に位置する数河高原は、標高がおよそ900メートルから1,000メートルに広がる高原地帯です。古川町の中心部からは約13キロメートル離れており、集落は国道41号沿いに形成されています。

気候は日本海側気候の特徴を持ち、夏場でも平均気温が20℃前後と非常に過ごしやすい冷涼な環境です。一方で、冬の気候は厳しく、飛騨地方でも有数の豪雪地帯として知られています。冬季の平均積雪量は3メートルに達し、年間を通じて10メートルを超える降雪量を記録することもあります。

この地域は、夏の避暑地として古くから親しまれてきました。また、観光やリゾート地として開発が進められ、多くの人が訪れる場所となっています。特に、冷涼な気候を活かしたラグビーの合宿地としては全国的に有名で、2012年にはぎふ清流国体のラグビーフットボール競技会場にもなりました。

本項目では、この数河高原を含む飛騨市の大字「古川町数河」の地理や歴史、そして地域に深く関わる数河峠、さらには独特な文化についても詳しくご紹介します。

地理と歴史

数河地区は古川盆地の北部に位置し、宮川の支流である戸市川の源流域にあたる山間の小さな盆地に集落が点在しています。集落は上数河と下数河に分けられ、高原上に位置するのが上数河地区です。

かつて、この地域は筍（根曲笹の筍）の採取や菅を使った筵（むしろ）作り、あるいは農業を生業とする静かな村でした。しかし、1968年に国道41号が地域内を通過するルートで開通したことを契機に、特に中京圏からの資本が流入し、観光レジャー基地としての開発が急速に進められました。スキー場の進出などにより、観光地としての顔を持つようになり、「飛騨の軽井沢」と呼ばれることもあります。

「数河」という地名の由来は「菅生」とされており、かつて高層湿原に自生していた菅と、冬場に採れる科の木の皮を用いて菅筵を作っていたことに由来すると言われています。江戸時代から明治・大正にかけて、数河は周辺集落との交流が少ない孤立した地域でした。道路事情が悪く、大きな荷物の運搬には馬が使われていました。しかし、第二次世界大戦中の1943年には大規模なジャガイモ栽培事業が行われ、その際に道路拡幅工事が実施されたことで、後の交通網整備の基礎が築かれました。

数河峠

数河峠は、旧古川町と旧神岡町の境界に位置する標高896メートルの峠です。国道41号と国道471号が通過する交通の要衝ですが、かつては道幅が狭く、路面状況も劣悪でした。国道として整備されて以降、飛騨地方における南北を結ぶ幹線道路としての役割を担っています。

特に国道41号の整備を巡っては、数河峠経由か神原峠経由かで沿線自治体を巻き込んだ誘致合戦が繰り広げられました。最終的に、距離は長くなるものの、勾配が緩やかでカーブが少なく、トンネル掘削の必要がないなど工事費用が抑えられる点などが評価され、数河峠経由での整備が決定。1967年に完成し、1968年11月22日に全線開通しました。この国道の開通が、数河高原の観光開発を大きく後押しすることになりました。

一方で、数河峠は急勾配やヘアピンカーブが続くため、交通事故が多発する国道41号の難所としても知られています。特に冬場の積雪時はスリップ事故や立ち往生が多く発生します。このため、警察や高山国道事務所は、エンジンブレーキの使用推奨や速度違反・過積載の取り締まり、警告標識の設置など、安全対策に重点を置いています。近年では、歩道や登坂車線の整備に加え、色彩心理を応用した路面塗装による注意喚起なども試みられています。

また、2018年7月には記録的な大雨による大規模な土砂崩れが発生し、数河峠周辺の国道41号が一時通行止めになる被害を受けました。

観光とレジャー施設

数河高原は、1950年代後半から観光地としての注目を集めるようになり、県による教育キャンプ地指定や県立自然公園指定などを経て、観光開発が進められました。1963年には奥飛観光開発による数河高原スキー場がオープンし、観光客増加に貢献しました。1969年にはぎふ清流国体の冬季大会関連施設として、県内初の国民宿舎「飛騨高原ロッジ」が建設されるなど、宿泊施設の整備も進みました。1973年にはスキー場、ゴルフ場、ホテルを備えた複合リゾート施設「飛騨ハイランド」も開設され、地域の観光拠点となりました。

また、1979年からはラグビー合宿地の適地として注目され、「岐阜の菅平」と呼ばれるほど多くのチームが訪れるようになりました。地元の民宿が手作りのグラウンドを整備したり、町がラグビーグラウンドを複数整備するなど、積極的に受け入れ体制を整えました。

かつては乗馬やボートなどを楽しめるレジャーランドもあり、1979年から1980年にかけて観光客数はピークの約8万人に達しました。しかし、2000年代に入ると、交通網の変化やスキー人口の減少、ラグビー人気低下などの影響を受け、観光客数が低迷。2003年には数河高原スキー場が営業を終了し、飛騨ハイランドのスキー場も規模を縮小するなど、観光地としての状況は変化しています。

現在では、休耕田を利用したソバ栽培による「数河そば」の提供、湧水を利用したワサビ栽培、特産品であるタケノコの缶詰販売など、グリーンツーリズムや地域資源を活かした地域活性化の取り組みが行われています。また、旧スキー場駐車場には「タンナカ高原の水」の無料水汲み場が設置され、多くの人が訪れています。

主な施設としては、グラウンド（天然芝・人工芝ラグビー場など）、飛騨数河リゾート＆カントリークラブ（ゴルフ場・別荘地）、数河除雪センターなどがあります。かつては旧ドライブイン数河（合掌造りの建物）や国民宿舎飛騨高原ロッジなども存在しました。

地域には、上数河に白山神社（宮田白山神社）、下数河に松尾白山神社という二つの神社があります。白山神社には樹齢不明のシナノキがあり、飛騨市の天然記念物に指定されています。

文化

数河地区には、岐阜県の重要無形民俗文化財に指定されている「数河獅子」と「般若踊」が古くから伝わっています。

般若踊は、般若経を広めるために踊られたと伝えられ、仏法への帰依を目的とした素朴で緩やかな踊りです。三味線と鉦のみを用いる鳴り物が特徴で、古川の他地域には見られない独自性を持っています。一時は過疎化による担い手不足で存続が危ぶまれましたが、地元住民と岐阜大学の協力により復活し、現在も伝承活動が行われています。

数河獅子は、両白山神社に奉納される獅子舞で、雌雄の獅子による「曲獅子」、天狗や猿が登場する「天狗獅子」、農民らが獅子を退治する「金蔵獅子」の三部構成です。新羅からの渡来僧が伝えたことが起源とされ、「高麗獅子」とも呼ばれます。獅子頭にクマの毛が張られているのが全国的にも珍しい特徴です。五穀豊穣や厄除けとして受け継がれ、飛騨の秋祭りの始まりを告げる存在でした。地元の若者団体が奉納を担ってきましたが、こちらも人口減少や高齢化により担い手不足が深刻化。一時は隔年での奉納や演目の縮小を余儀なくされ、2023年の奉納をもって若者団体は解散となりました。しかし、保存会は存続しており、今後の伝承活動が続けられています。

交通アクセス

数河高原への主なアクセスは道路利用となります。東海北陸自動車道の飛騨清見ICからは約28キロメートルです。飛騨市の中心部やJR高山本線の飛騨古川駅からは、車やタクシーで約20分程度で到着します。名古屋、高山、富山、東京、大阪といった主要都市からのアクセスも、高速道路や特急列車を利用して可能です。

かつては飛騨古川駅から数河高原行きのバスが運行されており、また名古屋からの直行バスも存在しました。現在、国道41号沿いには「数河峠」バス停などがあります。

人口と農業

数河地区の人口は減少傾向にあり、2015年の国勢調査では71世帯176人となっています。江戸時代には70戸から60戸程度で推移しており、明治初期も同様でした。

農業においては、江戸・明治期はタケノコが主要な産物でした。現代では、前述のソバやワサビ栽培のほか、畜産業も行われており、地元の山勇畜産が飛騨牛の肥育を手がけています。高冷地であるため、かつては冷害対策として温水溜池（菅生池）が整備され、観光利用もされました。開拓事業により農地も拡大されました。

教育

数河地区は飛騨市立古川西小学校および古川中学校の通学区域となっており、スクールバスが運行されています。かつては地区内に数河小学校と数河中学校がありましたが、それぞれ1970年、1966年に統合・廃校となっています。学校統合時には、冬季寄宿舎の設置やスクールバスの導入など、通学支援が行われました。

数河高原は、その自然環境と歴史、そして独自の文化が息づく地域として、様々な側面を持っています。観光地としての変化や人口減少といった課題に直面しながらも、地域資源を活かした新たな取り組みが続けられています。

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