洋務運動

洋務運動：清朝末期の近代化への試み

洋務運動（ようむうんどう）は、1860年代から1890年代にかけての清朝末期に、西洋の科学技術を導入し、国家の近代化を目指した一連の改革運動です。この運動は、清朝の官僚である曽国藩、李鴻章、左宗棠、張之洞らによって主導され、「自強運動」とも呼ばれます。彼らは、アヘン戦争やアロー戦争での敗北、国内での太平天国の乱といった危機的な状況を背景に、西洋列強に対抗するための国力増強を模索しました。

背景

アヘン戦争とアロー戦争での敗北は、清朝に西洋の軍事力の優位を痛感させました。同時に、太平天国の乱鎮圧には、西洋式の軍備を備えた郷勇や常勝軍が不可欠であることが示されました。これらの危機的な状況下で、魏源は「師夷之長技以制夷（西洋の技術を用いて西洋を制する）」と主張し、馮桂芬は「以中国之倫常名教為原本、輔以諸国富強之術（中国の倫理を基本とし、諸国の技術で補う）」と唱えました。また、太平天国では洪仁玕が『資政新編』で政治・経済・社会の近代化を提唱し、これらの動きが洋務運動へと繋がっていきました。

アロー戦争の敗戦処理に当たった恭親王奕訢は、1861年に側近と共に『通籌夷務全局酌擬章程六條』を上奏し、洋務運動を開始しました。この上奏に基づき、総理各国事務衙門が設立され、清の外交方針は大きく転換しました。

内容

洋務運動のスローガンは「中体西用」でした。これは、伝統的な中国の文化や制度を根本とし、西洋の技術や機械文明を導入するという考え方です。これは日本の明治維新における「和魂洋才」と共通する発想でした。

外交

従来の華夷秩序に基づく外交から、主権国家体制に基づく対等な外交へと転換するため、1861年に総理各国事務衙門が設置されました。また、通商事務を扱う役所として、天津には三口通商大臣（後に北洋通商大臣）、上海には五口通商大臣衙門（後に南洋通商大臣）が置かれました。関税管理を行う大清皇家海関総税務司も整備され、西洋との貿易におけるルール作りが行われました。

軍事工業

洋務運動の初期段階では、太平天国の鎮圧が最優先課題であり、そのため大量の銃砲や軍艦を輸入しました。また、自力での近代軍備整備を目指し、江南製造局などの軍事工場や造船所が各地に建設されました。これらの工場では、西洋の技術を導入し、武器や軍艦の製造を行いました。

海軍建設

近代海軍の建設も洋務運動の重要な柱でした。北洋水師、南洋水師、広東水師、福建水師の4つの艦隊が整備され、特に北洋水師は、当時アジア最大規模の艦隊を誇りました。ドイツから購入した鉄甲戦艦「定遠」と「鎮遠」は、その象徴でした。

民用工業

軍事工業を支えるため、1870年代以降は民用工業の振興にも力が入れられました。開平炭鉱や漢陽鉄廠などの鉱山や製鉄所が設立され、また、外国人独占だった蒸気船による水運を自国で行うため、輪船招商局が設立されました。これらの民需企業は、外国資本の進出を一定程度食い止める役割を果たしました。

教育事業

人材育成も重視され、各地に近代学校が建設されました。福州の船政学堂は海軍士官を育成し、京師同文館は西洋の書籍を翻訳しました。また、アメリカへの留学生派遣も行われ、後に中国の近代化に貢献する人材を輩出しました。

通信事業

1879年には、中国初の電信路線が開通し、電報事業が始まりました。これは、情報伝達の効率化に大きく貢献しました。

挫折と評価

洋務運動は、技術的な導入においては一定の成果を上げたものの、政治体制の改革は行われず、守旧派との対立が続きました。また、軍事工業の多くは官僚主義的な管理体制の下に置かれ、経済的な成功を収めることができませんでした。日清戦争での敗北は、洋務運動の限界を露呈し、その挫折を決定づけました。

洋務運動は、近代化の試みとして評価される一方で、旧弊な政治制度や軍制を温存したことが失敗の原因とされています。しかし、張之洞の製鉄所などの成果は後世に繋がり、中国の近代化の基礎を築いたとも言えるでしょう。

洋務運動に関わった人々

中央

恭親王奕訢（軍機大臣・議政王大臣 ）
文祥（ウェンシャン）（軍機大臣・総理各国事務衙門大臣）
沈桂芬（軍機大臣・総理各国事務衙門大臣）

地方

曽国藩（両江総督・直隷総督）
李鴻章（直隷総督・北洋通商大臣）
左宗棠（陝甘総督）
張之洞（両広総督・湖広総督）
劉坤一（両広総督・両江総督）
沈葆楨（両江総督・南洋通商大臣）
丁宝楨（山東巡撫・四川総督）
丁日昌（江蘇巡撫・福建巡撫）
呉賛誠（福建巡撫）
劉銘伝（台湾巡撫）
崇厚（チュンホウ）（辦理三口通商大臣）

実業家

唐廷枢（輪船招商局総辦）
鄭観応（上海機器職布局総辦、上海電報局総辦、輪船招商局総辦）
馬建忠（輪船招商局会辦・上海機器織布局総辦）
盛宣懐（輪船招商局会辦・津滬電報陸線総辦）

在外官僚

陳蘭彬（留学生監督・駐米公使）
容閎（留学生監督・駐米副使）
郭嵩燾（駐英公使）
何如璋（駐日公使）
曽紀沢（駐英公使・駐露公使）
李鳳苞（留学生監督・駐独公使）

外国人

* ロバート・ハート（洋関総税務司）

まとめ

洋務運動は、清朝末期における近代化への重要な試みでしたが、政治体制の改革を怠ったために、その目標を達成することができませんでした。しかし、この運動が中国の近代化に果たした役割は大きく、その教訓は後の中国の発展に影響を与えました。

もう一度検索