曽国藩

曽国藩（そう こくはん）

曽国藩（1811年 - 1872年）は、清朝末期に活躍した軍人、政治家であり、字は伯函、号は滌生、諡は文正です。湖南省湘郷県の出身で、弱体化した清朝軍に代わり、自ら組織した湘軍を率いて太平天国の乱を鎮圧したことで知られています。

生涯

1811年、曽国藩は湖南省湘郷県で曽麟書の長男として誕生しました。1838年に進士となりますが、1852年に母親の死去により帰郷します。その頃、太平天国の乱が勃発し、清朝正規軍の八旗が連戦連敗を喫していました。長年のうちに八旗は貴族化し、弱体化していたのです。清国政府は各地の郷紳に郷勇と呼ばれる臨時軍の徴募を命じ、曽国藩もその命を受け、団練をまとめ湘軍を組織しました。この湘軍がその後の太平天国軍との戦いで大きな力を発揮し、最終的に鎮圧へと導きます。

1854年、湘軍は武昌を奪還しましたが、軍機大臣の祁寯藻が湘軍を危険視したため、曽国藩は兵部侍郎の待遇を得るにとどまりました。1855年には武昌が再び太平天国軍に陥落しますが、曽国藩は南昌で1年かけて湘軍を再建します。1857年には父親が死去しますが、非常時であることから喪に服することなく職務に復帰しました。

1858年には九江、1861年には安慶を陥落させ、政府は曽国藩を両江総督（江蘇省、安徽省、江西省を管轄する長官）兼欽差大臣に任命します。しかし、江蘇省の大部分が太平天国に占拠されたため、曽国藩は部下の李鴻章を安徽省へ派遣させました。李鴻章は曽国藩と同様に団練を基に淮軍を組織し、上海へ向かい太平天国軍と戦いました。

李鴻章は1862年から1864年にかけて江蘇省の大半を奪還し、曽国藩も安徽省から太平天国を挟撃できる態勢を整えました。そして1864年の天京攻防戦で、激戦の末に太平天国軍の首都である天京（南京）を陥落させ、太平天国の乱を終結させました。その功績により侯爵に叙せられます。

乱後、その功績と兵力の大きさから政府に警戒されるようになりますが、湘軍を解散させることでこれを回避します。その後、洋務運動にも参加し、洋式兵器工場の設立や留学生の派遣などにも尽力しました。また、李鴻章や左宗棠など、多くの有能な人材を育成しました。

1865年、捻軍討伐に失敗したセンゲリンチンの後を受け討伐を命じられますが、成果を挙げられなかったため、翌年には李鴻章に交代しました。1868年には、清朝に仕える漢民族としては初めて、地方官の最高位である直隷総督に任命されました。1870年には天津教案の処理にあたり、同年、両江総督の馬新貽が暗殺されると、曽国藩が再び両江総督に復帰しました。1872年、在職中に脳溢血で60歳で死去しました。

人物と評価

曽国藩は軍人、政治家としての手腕だけでなく、文人としても一流であり、『曽文正公全集』や『曽文正公手書日記』などにその作品がまとめられています。また、朱子学者としても知られています。

彼は「四耐四不訣（したいしふけつ）」という座右の銘を持っていました。それは、「耐冷（冷静に耐える）、耐苦（苦難に耐える）、耐煩（煩わしさに耐える）、耐閑（退屈に耐える）、不激（激しない）、不躁（焦らない）、不競（競わない）、不随（流されない）」というもので、自己を律する厳しさがうかがえます。この言葉は、後年、安岡正篤の著書によって日本でも知られるようになりました。

曽国藩は、中華民国時代以降、民生に尽くし近代化を推進した清朝末期の傑出した人物として評価されています。しかし、太平天国を倒したことや、天津教案で外国と妥協したこと、また、天京攻防戦で大量の漢人を虐殺したことなどから、批判に晒された時期もありました。近年になり、混乱を鎮め平和維持に尽力した点や、人材登用を重視した点などが再評価されています。

著作

『曽文正公全集』（李瀚章編、李鴻章校勘。文海出版社、1976年）
『曽文正公手書日記』
『曽国藩家書』
井土霊山和訳「曽国藩の論書」『書道及画道第三巻第九号』

参考文献

並木頼寿・井上裕正『世界の歴史19 中華帝国の危機』中央公論社、1997年。中公文庫で再刊、2008年
加藤徹『西太后 大清帝国最後の光芒』中公新書、2005年。
平野聡『興亡の世界史17 大清帝国と中華の混迷』講談社、2007年。
岡本隆司『李鴻章 東アジアの近代』岩波書店〈岩波新書〉、2011年。
范文瀾『漢奸劊子手曾國藩的一生』人民出版社、1944年。
清水稔『曽国藩　天を畏れ勤・倹・清を全うした官僚』山川出版社「世界史リブレット人」、2021年。
岡本隆司『曾国藩 「英雄」と中国史』岩波書店〈岩波新書〉、2022年。

関連項目

曽国藩故居
曾国藩墓

外部リンク

Supressor of the Taiping Rebellion: Hakka Zeng Guofan
([中国]]語) [Tang Haoming's Three-Book Trilogy of Zeng Guofan's life 《曽国藩》
『曽国藩』 - コトバンク

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