源氏絵

源氏絵：千年を超える物語の視覚化

源氏絵とは、『源氏物語』を主題とした絵画作品を指します。平安時代から現代まで、数多くの画家たちが『源氏物語』の世界を様々な様式で表現してきました。本稿では、源氏絵の歴史を時代別にたどりながら、その多様な表現様式や特徴的な作品、そして制作に携わった画家たちについて詳しく見ていきましょう。

絵巻物の時代：平安から鎌倉時代

『源氏物語』成立後間もなく、絵画化の試みが始まったと考えられています。現存する最古の記録は、源師時の日記『長秋記』（1119年）にみられる白河院と中宮璋子による「源氏絵」の制作記述です。

現存する最古の源氏絵は、徳川美術館や五島美術館などに所蔵される源氏物語絵巻です。12世紀頃の制作と考えられ、当初は全54帖を十巻または二十巻にまとめたものだった可能性があります。絵巻の詞書は金銀箔や染色による豪華な装飾が施され、複数の人物による筆跡が見られます。藤原教長の筆跡の存在から、小松茂美は後白河院のもとでの制作を推測しています。興味深いことに、絵と詞書は当初別々の巻物だった可能性が指摘されています。絵の部分は折本、詞書の部分は巻子本として制作され、鑑賞時には絵を眺めながら、別の人が詞書を読み上げるという形式だったと考えられています。

鎌倉時代には、『古今著聞集』（1233年）や藤原定家の日記『明月記』に「源氏絵十巻」の制作記録が残されています。『看聞日記』にも室町時代の源氏絵に関する記述が見られます。室町時代には、天地の幅が狭い「小絵」と呼ばれる絵巻物も制作され、源氏絵はその画題の一つでした。これらの絵巻物を通して、源氏絵の表現様式や場面構成は徐々に洗練されていきました。

色紙絵と扇面画：室町時代以降

室町時代には、色紙絵や扇面画にも源氏絵が用いられるようになりました。宗尊親王の御所には、色紙形式の源氏絵を貼り合わせた屏風があったという記録が残っています。20cm前後の正方形の色紙に描かれた源氏絵は、土佐派の絵師などによって盛んに制作され、画帖や屏風に貼り込まれました。

扇面画においても、源氏絵は人気の題材でした。『看聞日記』や三条西実隆の日記『実隆公記』には、源氏絵を描いた扇を貼り合わせた屏風に関する記述があります。近世には、俵屋宗達とその工房が制作した源氏絵の扇が、仮名草子『竹斎』に記されています。

障壁画：室町時代後期以降

当初は絵巻物や冊子本といった小さな画面で鑑賞されていた源氏絵でしたが、室町時代後期になると、屏風や襖などの室内装飾画の題材として用いられるようになりました。土佐派の土佐光吉は色紙絵形式の源氏絵を多く残していますが、屏風絵も制作しています。宗尊親王の御所屏風のように、色紙絵を貼り合わせたものもありましたが、室町時代後期以降は、屏風や襖の全画面に源氏絵が描かれるようになります。金箔を多用した金碧障壁画も制作され、複数の場面を同一画面に描く作品が多く見られます。土佐派だけでなく、狩野派も源氏絵を主要な画題として扱い、多くの障壁画作品を残しています。俵屋宗達の「源氏物語図屏風」（静嘉堂文庫蔵）も有名です。

版本の挿絵と浮世絵：江戸時代

江戸時代に入っても、『源氏物語』の人気は衰えることなく、一般大衆にも広く親しまれるようになりました。承応3年（1654年）、山本春正は挿絵入りの版本『絵入源氏物語』を刊行しました。全60巻、挿絵226図におよぶこの作品は、その後も何度も再版されました。この挿絵は、他の『源氏物語』関連書籍の挿絵にも影響を与え、菱川師宣など当時の浮世絵師の作品も見られます。江戸時代の浮世絵師たちは、伝統的な図様を踏襲したものや、当時の風俗で描いた「当世風」源氏絵など、様々な作品を制作しました。石川政信、西村重長、歌川豊国、歌川広重などが揃い物の源氏絵を手がけ、鈴木春信は「当世風」の源氏絵を描いています。

『偐紫田舎源氏』と源氏絵：江戸時代後期

文政12年（1829年）に刊行された柳亭種彦の合巻『偐紫田舎源氏』は、当時大きな人気を博しました。歌川国貞が描いた挿絵も「源氏絵」として浮世絵の画題となり、大奥の華やかな生活を題材とした絢爛豪華な源氏絵が、豊原国周など多くの浮世絵師によって描かれました。この「田舎源氏」を題材とした源氏絵は、明治期の官女や宮廷を描いた浮世絵にも影響を与えました。

近代以降

明治時代以降も、尾形月耕、梶田半古、上村松園、安田靫彦など多くの画家が源氏絵を制作し続けています。彼らの作品は、伝統的な図様とは異なる独自の解釈に基づいたものも多く、現在まで『源氏物語』の絵画化は途絶えることなく続いています。

まとめ

源氏絵は、平安時代から現代まで、絵巻物、屏風、扇面画、版本挿絵、浮世絵など、多様な表現様式で制作されてきました。それぞれの時代背景や画家の個性を反映した作品群は、私たちに『源氏物語』の世界を様々な角度から見せてくれます。その歴史と多様性を理解することは、日本の絵画史、そして『源氏物語』という作品をより深く理解することに繋がります。

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