瀬田の唐橋

瀬田の唐橋は、滋賀県大津市瀬田に位置する、瀬田川に架かる橋です。全長223.7メートルで、滋賀県道2号線が通っています。この橋は、京都の宇治橋、山崎橋と並び、日本三大橋（または日本三名橋、日本三古橋）の一つとして知られています。また、近江八景の一つ「瀬田の夕照」として美しい景観でも有名で、1986年には「日本の道100選」にも選ばれました。

名称の由来

瀬田の唐橋は、その歴史の中で様々な名前で呼ばれてきました。瀬田橋、勢多橋、勢多大橋、勢多唐橋などがその例です。また、瀬田の長橋とも呼ばれていました。

かつては、丸木舟を並べ、フジの木とその蔓を絡めた「搦橋（からみばし）」と呼ばれる橋が架けられていました。「からみ橋」が「から橋」に変化し、その後、中国や朝鮮半島の様式を取り入れた唐様が用いられるようになったため、「唐橋」という名前が定着しました。また、「辛橋」や「韓橋」とも表記されることもありました。辛橋については、架橋の際の苦労を表すとする説もあります。その他、柳のように美しい橋であったことから、「青柳橋」とも呼ばれていました。

歴史と伝承

瀬田の唐橋は、東海道や東山道（中山道）から京都へ向かう上で、琵琶湖を渡るか迂回しない限り、必ず通る必要のある交通の要衝でした。1889年まで、瀬田川に架かる唯一の橋であったため、軍事上も非常に重要な場所でした。「唐橋を制する者は天下を制す」と言われるほど、古くから様々な戦乱の舞台となりました。壬申の乱、寿永の乱、承久の乱、建武の乱など、数々の戦いがこの橋の周辺で繰り広げられました。

何度も焼失しましたが、その都度、浅瀬に橋が架け直されました。『日本書紀』をはじめとする多くの文献にも、この地に関する記述が見られます。

古代

201年、忍熊皇子が神功皇后の家臣に攻められ、瀬田の渡しで入水自殺したという記録が残っています。これは、神功皇后の時代には既に橋があった可能性を示唆していますが、当時は渡し舟で瀬田川を渡っていたという説もあります。

橋が架けられた正確な年代は不明ですが、近江大津宮が遷都された667年頃に架橋されたと考えられています。1988年の瀬田川の浚渫事業で、現在の橋の約80メートル南で橋脚の基礎が発見されました。橋の幅は7～9メートル、長さは250メートルと推定されます。発見された橋脚の基礎は舟形の六角形をしており、韓国の新羅時代の月精橋と構造が似ていることから、参考にされたとする説もあります。橋脚の木材の年輪年代測定により、7世紀中頃から末期のものと判明しており、大津宮遷都や壬申の乱の際に架けられた可能性が高いです。

壬申の乱では、大友皇子と大海人皇子の最後の決戦場となり、大友皇子方が橋板を外して大海人皇子方を待ち受けましたが、突破されて滅亡しました。この戦いの記録が、瀬田の唐橋に関する文献上の初見です。

藤原仲麻呂の乱（恵美押勝の乱）では、764年に恵美押勝が宇治から近江を攻めようとした際、孝謙上皇方が瀬田の唐橋を焼いて対抗しました。

平安時代

平安時代には、870年、871年、876年と複数回にわたり火災に見舞われています。また、『延喜式』によると、近江国の国司が橋の管理を行い、その維持費用は税金で賄われていました。

『更級日記』には、下男と帝の娘が京から武蔵国へ逃走する際、追手から逃れるために瀬田橋を破壊したという記述があり、当時から交通の要所であったことがわかります。

1096年の永長地震では、勢多橋が岸部分を残して崩壊したという記録も残っています。

治承・寿永の乱（源平合戦）では、源義仲と平家、源義経と義仲が瀬田川で戦い、その際、源範頼が攻める瀬田橋の橋板を外して守っていたのが今井兼平でした。

鎌倉・室町時代

承久の乱では、後鳥羽上皇の軍と鎌倉幕府軍が瀬田川を挟んで交戦しました。

建武の戦いでは、足利直義軍と朝廷軍が瀬田川で戦い、足利尊氏が南下して京都へ進攻しました。

観応の擾乱では、足利直義派の軍勢が瀬田に進出し、勢多橋を焼き払いました。

安土桃山時代

織田信長は、本格的な橋を架けました。架橋奉行は木村次郎左衛門と瀬田城主の山岡景隆で、1575年に長さ324メートル、幅7.2メートル、欄干を備えた橋を完成させました。この際、初めて銅製の擬宝珠が欄干の親柱に取り付けられました。

1582年、明智光秀が本能寺の変で信長を倒すと、光秀の侵攻を阻止するため、景隆は唐橋と瀬田城を焼きました。

中島を挟んだ大橋と小橋の形になったのは、信長の架橋以降と考えられています。焼失後の唐橋を架けたのは豊臣秀吉で、その時に初めて現在の位置に、大小2橋の橋が架けられました。

江戸時代

江戸時代には、膳所藩（本多家）が橋を管理しました。東海道がここを通っていたため、江戸幕府は唐橋以外の橋を架けることを禁じ、膳所城主に橋の保護・管理を命じました。1795年から1894年までの100年間で、18回もの架け替えが行われました。

歌川広重の浮世絵「近江八景・瀬田の夕照」は、往時の唐橋の様子を伝えています。

明治以降

明治時代には、1875年に国が、1895年に県が木造で架け替えを行いました。

1924年には、初めて鉄筋コンクリート製の橋に架け替えられました。高欄には木造擬宝珠が配されました。

1925年には、瀬田橋遊園地が完成し、ボート乗り場や釣り場が整備されました。

1933年に国道2号、1952年に国道1号に指定されましたが、その後、瀬田川大橋の架橋により国道1号の指定を外れました。橋の老朽化が進み、1973年に車両の重量制限が実施されました。

1974年から本格的な架橋工事が行われ、1979年に現在の橋が完成しました。橋の特徴である擬宝珠は、歴代受け継がれています。

1995年から小橋に右折レーンを設置する工事が行われ、1997年に完了しました。2012年には、橋が唐茶色に塗り替えられました。

2022年3月には、大橋に右折レーンを設置するための拡幅工事が完了しました。

観光

瀬田の唐橋は、交通の要衝であると同時に、名所としても知られています。最寄りの駅は唐橋前駅です。

橋付近を流れる瀬田川では、2018年に観光屋形船の運航が11年ぶりに再開されました。また、地元の商工会が橋近くの唐橋公園でイルミネーションを実施しています。

逸話

平安時代には、「瀬田の長橋」と呼ばれ、長いもののたとえに使われていました。また、長く苔むしても壊れない不変の橋という印象も持たれていました。

平将門の乱では、藤原秀郷（俵藤太）が放った矢が将門の目に命中したことで落馬死したという伝説があり、橋の袂には、そのゆかりの雲住寺と龍王宮秀郷社があります。

武田信玄は、臨終の際に「瀬田橋に我旗を立てよ」と言ったという逸話があります。これは、瀬田の唐橋が軍事上の要所であったことを示すエピソードの一つです。しかし、この逸話は確証がなく、信長の時代には橋がなかったという説もあり、疑問視する声もあります。

江戸時代初期の安楽庵策伝の書物では、「急がば回れ」ということわざの発祥であると紹介しています。東から京都へ上るには、草津の矢橋から大津の石場への航路が最短でしたが、天候に左右されるため、瀬田まで南下して唐橋を渡る方が確実だったことから、「急がば回れ」と詠まれたとされています。

松尾芭蕉も旅の途中でこの橋を詠んだ句があります。

千利休が弟子たちに「瀬田の唐橋の擬宝珠の中に良い形のものがあるが、見分けられる者はいないか」と問うと、古田織部が早馬で瀬田に行き、擬宝珠を見分けて戻ってきたという逸話も残っています。

瀬田の唐橋は、その歴史と文化的な価値から、多くの人々に愛され続けています。

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