獫允

獫允（けんいん）とは

獫允は、古代中国の北方および西北方に位置した民族で、玁允、獫狁、玁狁など、複数の異称で知られています。その存在は、金文や先秦の古籍において古くから確認され、「昆夷」といった名前と併記されることもありますが、これは居住地域が共通していたためと考えられています。

西周時代の獫允

西周中期になると、獫允は勢力を拡大し、焦獲に移住しました。さらに南下を続け、鎬や朔方、涇陽にまで到達し、周王朝を直接的に脅かす存在となりました。これに対し、周の宣王は南仲に命じて軍を派遣し、獫允を討伐するとともに、朔方に城を築かせました。

『詩経』の「采薇」には、当時の周王朝と獫允との戦いの様子や、兵士たちの厳しい生活が描写されています。この詩は、東晋の謝玄によって『詩経』の中で最も優れた詩篇と評されました。

西周中後期の金文資料にも、獫允の記録が残されています。虢季子白盤の銘文には、「獫允を洛の陽に搏伐す」とあり、多友鼎の銘文には、「獫允放興して京師を伐つ」とあります。これらの記録から、獫允が洛河の北岸や、周の首都である鎬京の近郊にまで進出していたことがわかります。

春秋戦国時代から秦漢時代にかけて

春秋時代になると、獫允は戎狄と呼ばれるようになり、戦国時代には秦、趙、燕といった国の北部に分布しました。秦代には、蒙恬が30万の軍を率いて獫允を撃破し、北へ移動させました。秦末にはゴビ砂漠の南北を支配し、南は陰山を越え、黄河を渡ってオルドスの沃土を占拠しました。

漢王朝が成立すると、獫允は匈奴の先祖とみなされることが多くなりました。『史記』匈奴列伝には、「唐虞以前には山[[戎]]・獫狁・葷粥があった。北蛮に居住し、家畜を放牧しながら移動した」と記されています。しかし、これは「匈奴の先祖は夏后氏の末裔である」という説とは矛盾しています。近代になって、王国維などの研究者によって、鬼方や昆夷と獫允は同一民族の別の名称であると考えられるようになりました。

獫允の民族性に関する新たな解釈

春秋戦国時代以降の文献では、獫允は匈奴や戎狄と同一視されてきたため、長らく騎馬遊牧民として理解されてきました。しかし、周代の金文資料に登場する獫允は、戦車を使用したり、邑を築いたりしており、周人に比較的近い生活様式を持っていたことがわかります。

李峰は、獫允を遊牧民ではなく、中国北方に広く分布していた農耕民と牧畜民の複合集団であると解釈しました。竹内康浩は、獫允を周と共通の文化圏に属する人々であるとしています。

このように、獫允は、その時代や文献によって異なる側面が見られる複雑な民族でした。初期の歴史においては、周王朝を脅かす存在でありながら、後の時代には騎馬遊牧民として理解され、近年では、その民族性について新たな解釈が提唱されています。

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