王擢

王擢（おう てき）

王擢（おう てき、生没年不詳）は、五胡十六国時代の秦州休屠（きゅうと、匈奴の一派）出身の軍人です。後趙、東晋、前燕、前涼、前秦という激動の時代に、実に5つの王朝に仕えました。

生涯

王擢は、休屠の長である王羌（おう きょう）の甥にあたります。

元々、休屠は後趙に服属し、隴西（ろうせい）に勢力を保っていました。しかし、咸和5年（330年）に王羌が後趙に反旗を翻すと、後趙の秦州刺史（しし）臨深（りんしん）は、司馬管光（しば かんこう）に軍を与えて討伐に向かわせました。しかし、王羌はこれを打ち破り、隴西一帯は騒然となり、氐（てい）や羌（きょう）といった異民族も一斉に後趙に対して反乱を起こしました。

後趙の君主である石勒（せきろく）は、河東王（かとうおう）石生（せきせい）を隴城（ろうじょう）へ派遣し、事態の収拾に当たらせます。石生は王擢に賄賂を贈り、寝返りを持ちかけました。かねてより王羌と不仲であった王擢はこれに応じ、石生と共に王羌を挟撃し、王羌を大いに破り、涼州へと敗走させました。王擢は後趙に帰順し、鎮遠将軍（ちんえんしょうぐん）に任じられ、隴西における勢力を維持しました。

咸康5年（339年）9月、王擢は上表し、「雍（よう）秦（しん）二州の有力豪族は東から移り住み、国境を守っておりますが、彼らは既に漢民族としての地位を確立しております。彼らの功績に免じて優遇し、皇甫（こうほ）、胡（こ）、梁（りょう）、韋（い）、杜（と）、牛（ぎゅう）、辛（しん）など17の姓については、兵役を免除し、古くからの豪族と同様に扱い、才能に応じて評価を下すべきです。また、故郷へ帰りたいと願う者には、その希望を叶えるべきです。そして、これら以外の者に対しては、特例を設けるべきではありません」と訴えました。

建元2年（344年）4月、三交城（さんこうじょう）において前涼（ぜんりょう）の寧戎校尉（ねいじゅうこうい）張瓘（ちょうかん）と交戦しましたが、敗北を喫しました。

永和2年（346年）5月、涼州刺史麻秋（ま しゅう）や将軍孫伏都（そん ふくと）らと共に前涼へ侵攻しました。王擢は武街（ぶがい）へ侵攻して降伏させ、前涼の護軍（ごぐん）曹権（そう けん）や胡宣（こ せん）を捕らえ、7千戸を超える民を雍州（ようしゅう）へ強制的に移住させました。麻秋と孫伏都もまた金城（きんじょう）を攻略しました。これにより涼州は大混乱に陥り、前涼の君主張重華（ちょう ちょうか）は国内の兵を総動員して征南将軍（せいなんしょうぐん）裴恒（はい こう）に迎撃を命じましたが、裴恒は敵軍の勢いを恐れて戦いませんでした。そのため、張重華は中堅将軍（ちゅうけんしょうぐん）謝艾（しゃ がい）に5千の兵を与えて麻秋らの迎撃を命じました。後趙軍はこれに対し迎撃しましたが大敗を喫し、将軍綦毋安（きぼ あん）を始めとして5千を超える兵を失い、退却を余儀なくされました。

永和3年（347年）5月、麻秋、石寧（せき ねい）、劉寧（りゅう ねい）らと共に再び前涼へ侵攻しました。麻秋と石寧は12万の軍勢で河南（かなん）へ駐屯し、王擢は劉寧と共に進んで晋興（しんこう）、広武（こうぶ）、武街を攻略し、洪池嶺（こうちれい）を越えて曲柳（きょくりゅう）まで進撃しました。張重華は将軍牛旋（ぎゅう せん）に迎撃を命じましたが、牛旋は枹罕（ほうかん）まで退いて交戦しようとしなかったため、姑臧（こぞう）の民は大いに動揺しました。張重華は行衛将軍（こうえいしょうぐん）謝艾と軍正将軍（ぐんせいしょうぐん）索遐（さく か）に2万の軍勢を与えて敵軍を防がせました。謝艾らは出撃すると後趙軍の侵攻を阻み、その間に別将の楊康（よう こう）が沙阜（さふ）において劉寧を撃破したため、王擢らは金城まで退却しました。

7月、孫伏都と劉渾（りゅう こん）の両将が2万の兵を率いて後趙軍に合流し、彼らは進軍して黄河を渡り、金城の北へ長最城（ちょうさいじょう）を築きました。謝艾は神鳥（しんちょう）に陣を布くと、王擢は軍の前鋒となって迎え撃ちましたが敗れ、河南まで押し返されました。8月、謝艾はさらに進撃し、麻秋はこれに敗れました。ついに後趙軍は金城まで撤退しました。

永和5年（349年）5月、後趙の彭城王（ほうじょうおう）石遵（せき じゅん）が帝位を簒奪すると、沛王（はいおう）石沖（せき ちゅう）は石遵誅殺を掲げて挙兵しました。石遵はこれを聞くと、王擢を急ぎ派遣し、書をもって石沖を諭させましたが、聞き入れられませんでした。石沖は10万の兵を率いて侵攻しましたが、石閔（せき びん、後の冉閔（ぜんびん））・李農（りのう）に敗れて誅殺されました。

後に王擢は西中郎将（せいちゅうろうしょう）に任じられました。

永和7年（351年）に後趙が崩壊すると、王擢は隴西において引き続きその勢力を保ちました。

永和8年（352年）7月、東晋へ使者を派遣して帰順を請うと、征西将軍（せいせいしょうぐん）・秦州刺史に任じられました。10月、前燕へも投降の使者を派遣し、益州刺史（えきしゅうしし）に任じられました。11月、前秦の丞相（じょうしょう）苻雄（ふ ゆう）が隴西へ侵攻すると、王擢は敗北を喫して前涼へ亡命しました。苻雄は軍を還して隴東（ろうとう）に駐屯しました。張重華は王擢を甚だ厚遇し、征虜将軍（せいりょしょうぐん）・秦州刺史に任じて仮節（かけつ）を与えました。

永和9年（353年）2月、前涼の将軍張弘（ちょう こう）と宋脩（そう しゅう）が歩騎1万5千を率いて前秦征伐に出ると、王擢はこれに合流しました。苻雄と衛大将軍（えいだいしょうぐん）苻菁（ふ せい）が龍黎（りゅうれい）においてこれを迎え撃つと、前涼軍は大敗を喫して1万2千を失い、張弘と宋脩は捕らえられて長安へ送られました。そのため、王擢は秦州を放棄して姑臧に撤退しました。張重華はこの敗戦を悼み、戦没者のために喪服を着て哀哭し、さらに使者を派遣して弔問を行いました。

5月、2万の兵を率いて前秦領の上邽（じょうけい）へ侵攻しました。秦州の郡県は多くが王擢に呼応し、王擢は苻願（ふ がん）を撃破して長安まで撤退させました。

永和10年（354年）3月、東晋の太尉（たいい）桓温（かんおん）が前秦へ侵攻すると、王擢は桓温に呼応して陳倉（ちんそう）を攻めました。5月、王擢は陳倉を攻略し、前秦の扶風内史（ふふうないし）毛難（もう なん）を殺害しました。6月、桓温が撤退を開始すると、苻雄は陳倉に進んで王擢を攻めました。王擢は敗北を喫して略陽（りゃくよう）に敗走しました。

桓温が入関した際、王擢は前涼の君主張祚（ちょう そ）の下へ急使を送り、桓温が用兵に巧みでその勢いは計り知れないと告げました。張祚は桓温が前涼まで襲来するのではないかと恐れ、また王擢が桓温に協力して反抗するのではないかと憂慮しました。そのため、馬岌（ば きゅう）と共に謀略を練り、密かに人を派遣して王擢を暗殺させようとしましたが、王擢は事前に察知して馬岌を殺害しました。これにより、王擢は前涼と対立するようになりました。

10月、張祚は平東将軍（へいとうしょうぐん）秦州刺史牛覇（ぎゅう は）と司兵（しへい）張芳（ちょう ほう）に兵3千を与えて王擢を討伐させました。11月、王擢は敗北を喫し、前秦へ敗走すると、尚書（しょうしょ）に任じられました。その後の動向は不明です。

子には王統（おう とう）と王広（おう こう）の2人がおり、王統は前秦の扶風内史と益州刺史に任じられています。

参考文献

『晋書』列伝第56　列伝第68　載記第7
『資治通鑑』巻99 - 巻99

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