甲州金

甲州金とは

甲州金は、日本で初めて体系的に整備された貨幣制度、およびそれに用いられた金貨です。戦国時代に武田氏の領国であった甲斐国を中心に流通し、江戸時代の文政年間まで鋳造されていました。近世には武田晴信（信玄）の遺制とされ、大小切税法、甲州枡と併せて甲州三法と呼ばれています。

戦国期の甲斐金山と甲州金

甲州金の起源は不明ですが、『甲斐国志』によると、戦国時代には都留郡を除く国中三郡で流通していた領国貨幣であり、山下・志村・野中・松木の四氏が金座役人として鋳造を行っていました。この時期には、碁石金、露金、太鼓判、板金、蛭藻金など、多様な形態の甲州金が存在していました。甲斐国には黒川金山や湯之奥金山などの金山があり、採掘された金が灰吹法によって精錬され、甲州金が製造されていたと考えられています。

初期の甲州金に関する史料として、三条西実隆の『実隆公記』永正3年（1506年）8月22日条には、武田氏と推定される甲斐国のある人物が、実隆から源氏物語の写本を求められ、その対価として黄金5枚を支払ったという記述があります。その後、信虎、晴信（信玄）、勝頼の時代にも、黄金に関する史料が見られ、交換・支払手段、寺社への贈答、軍事目的など、多様な用途で使用されていたことがわかります。「開山国師真前奉物子母銭帳」には、天文13年（1544年）に恵林寺から京都臨川寺に上納された甲州金と思われる記述が含まれている点も注目されます。

近世の甲州金

武田氏滅亡後、甲斐国は徳川氏、豊臣系大名時代を経て、再び幕府直轄領となりました。徳川氏時代には、大久保長安が金座支配と金山支配を一任され、松木五郎兵衛が金座役人に再任しました。長安が佐渡島から招いた金工が甲府に移住し、甲州金の鋳造が行われ、「松木」の極印が施されていたと言われています。

甲州金は元禄9年（1696年）に一時通用停止となりますが、武田氏時代から近世初頭に鋳造されていた甲州金は古甲金と呼ばれ、その後の新甲金と区別されます。近世の甲州金は、慶長13年（1608年）から翌慶長14年（1609年）にかけて、武田氏時代の金座役人であった松木氏が独占的に鋳造を行いました。この時期には、形態や品位が多様であった規格が統一される改革が行われました。この改革は、慶長6年（1602年）に慶長小判が鋳造されたことから、幕府による全国的な金貨に対する鋳造・流通の統制策を反映していると考えられています。

江戸時代には、川柳にも甲州金が詠まれ、「打栗のなりも甲州金のやう」や「甲州のかしかり丸くすます也」など、甲州銘菓の「打ち栗」や丸形の金貨として認識されていたことがわかります。幕府は文政年間から天保・安永・万延年間にかけて、金貨の改鋳を相次いで行い、金位・量目ともに低下しました。このため、甲州金の両替相場は小判に対して高騰し、市場に流通する量が少なくなりました。一方、甲州金固有の「小金」と呼ばれた少額金貨である弐朱判・壱朱判は、名目金貨として大量に鋳造され、全国的に流通しました。文久元年（1861年）には甲州金の四倍通用令が出され、甲州金が一挙に二万両余り引き換えられたと言われています。

しかし、1871年（明治4年）の新貨条例施行では、甲州金に関する例外的な措置は見られず、同年11月13日に正式に廃止されました。

制度としての甲州金

戦国時代には、各地の大名が金貨を鋳造しましたが、それらは重さで価値を計る秤量[[貨幣]]でした。それに対し、甲州金は金貨に打刻された額面で価値が決まる計数貨幣でした。甲州金で用いられた貨幣の単位は以下の通りで、4進法・2進法が採用されていました。

両（りょう）
分（ぶ、1/4両）
朱（しゅ、1/4分）
朱中（しゅなか、1/2朱）
糸目（いとめ、1/2朱中）
小糸目（こいとめ、1/2糸目）
小糸目中（こいとめなか、1/2小糸目）

この体系のうち、両・分・朱は江戸幕府に引き継がれました。

「金に糸目をつけない」という言葉の「糸目」は、この甲州金の通貨単位に由来するとされています。つまり、わずかなお金は気に留めないという意味です。

額面は重量に比例するように打刻され、一両、一分金、二朱金、一朱金などの切りの良い単位だけでなく、古甲金では二分一朱金や一分朱中糸目金など、中途半端な値がそのまま打刻されたものもありました。

金貨としての甲州金

甲州金は、武田氏が作った地方通貨でしたが、江戸時代に入っても文政年間まで甲府の金座で鋳造されていました。そのため、江戸時代以前に鋳造されたものを古甲金、それ以降のものを新甲金と呼んで区別します。

鋳造された金貨の種類には、露一両、駒一両、甲安金、甲重金、甲定金、甲安今吹金などがあります。

文化7年（1810年）には、幕臣の近藤重蔵が『金銀図録』を著し、甲州金や越後国で算出された金貨・銀貨543品を図版で紹介しています。

『甲陽軍鑑』における金

江戸時代初期に成立した『甲陽軍鑑』には、金に関する記述が散見されます。貨幣として使用されている金や金子、金銀、碁石金などの用法が見られます。戦国期の武田氏に関係する一次資料では「黄金」が最も多く使用されていますが、『軍鑑』では一切見られないことが特徴です。

「碁石金」は、巻16、巻18において、合戦における褒美として与えられた二例が記されています。巻16では、信玄が陣中で軍功のあった者に、証文や刀脇差、羽織などとともに碁石金を与えたとされています。巻18では、元亀元年（1570年）頃に推定される伊豆における合戦で、信玄が三河浪人河原村伝兵衛に自ら三すくいの碁石金を与えたという逸話が記されています。

「金子」は巻8の逸話に登場します。山県昌景の同心であった伊勢牢人の「北地」が領地替えを望むも、同輩の「大場」による不正のため聞き入れられず自害しました。これを知った信玄が大場を成敗し、北地の葬儀を行った青白寺（山梨市の清白寺か）に供養のため金子20両を納めたとされています。この逸話の年代は不明ですが、武田氏が領国内で金を使用し始めた永禄8年（1565年）以降と考えられています。

巻9では、信玄と山本勘助の対話において金子が登場し、道具を購入するための交換手段として金が使用された事例が確認できます。この逸話の年代も不明ですが、山本勘助の死亡時期や、交換手段としての金の使用事例から、永禄4年（1561年）以前または1570年前後と推定されています。

巻18には、金の貸借に関する逸話が記されており、甲府三日市場の「しほ屋弾左衛門」が尊躰寺脇坊の僧「ほうじゅん」から金子を借りて返済しなかったため、ほうじゅんが弾左衛門の下女を奪い、訴訟が発生したという話です。甲斐における金の借入は、元亀3年（1572年）12月に僧願念が武士である末木家重から10両の黄金を借り入れた事例が文書で確認されており、巻18の逸話も同時期のものであると考えられています。

巻20では、勝頼期の天正6年（1578年）3月に発生した越後上杉家における御館の乱・甲越同盟の締結に際して、上杉景勝から勝頼、勝頼側近の長坂光堅、跡部勝資に対して金子が贈られたという記述があります。勝頼には一万両、長坂・跡部には二千両の金子が贈られたとされています。甲越同盟における景勝方からの黄金の贈答は文書でも確認されており、金額や長坂・跡部に対する賄賂の実否に関しては議論がありますが、甲越間の婚姻同盟に際して多額の黄金の贈答があったと考えられています。

「金銀」は巻5、巻15、巻17などに記されており、恩賞、蓄財、礼儀などでの使用事例が確認されており、文書における使用事例と一致しています。

これらの事例から、『甲陽軍鑑』における金の使用事例は文書におけるそれとほぼ一致しますが、年代や金額については検討の余地があることが指摘されています。特に、山本勘助や北条早雲（伊勢宗瑞）など貨幣としての金が普及する以前の時期の逸話も記されていますが、総じて武田領国で金が交換手段として使用され始めた1570年前後の事例が多いことが指摘されています。

研究史

甲州金に関しては、小葉田淳が1938年に『改訂増補日本貨幣流通史』において貨幣史の観点から検討を行い、以来、多くの論考を発表しています。その他、赤岡重樹、斎藤廣宣、入江芳之助、小山田了三、今西嘉寿和、飯田文彌、西脇康、平山優らも専論を展開しています。

甲州金の研究は、元禄・近世後期の展開過程を対象としていましたが、2005年・2006年に平山優が戦国・近世初頭の甲州金について検討を行い、江戸幕府による貨幣統制政策の中で甲州金を論じました。

脚注

[参考文献]

西脇康「甲州金」『山梨県史 通史編3 近世1』山梨県、2008年
平山優「近世初期甲州金成立過程の研究」飯田文彌編『中近世甲斐の社会と文化』岩田書院、2005年
平山優「甲州金成立期にかんする覚書」『山梨県史研究』第14号、2006年
海老沼真治「武田氏における黄金の使用について」 柴辻俊六編『戦国大名武田氏の役と家臣』岩田書院、2011年
海老沼真治「『甲陽軍鑑』における金の使用事例」『山梨県立博物館　研究紀要 第7集』山梨県立博物館。2013年

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