論語の注釈

論語注釈の世界：古代から現代まで

『論語』は、孔子の言行録をまとめた中国の古典であり、その注釈書は膨大な数にのぼります。注釈書の歴史は、中国古典学研究の歴史そのものであり、中国のみならず、朝鮮半島や日本においても盛んに研究され、それぞれの時代の思想や文化を反映した多様な解釈を生み出してきました。本稿では、古代から現代までの『論語』注釈書の広大な世界を、特に近世以降の日本語訳注を中心に概観します。

古注と新注：注釈の二大潮流

『論語』の注釈書は、大きく分けて「古注」と「新注」の二派に分類されます。古注は、漢代から唐代にかけての儒学者たちが著した注釈で、字句解釈に重点を置く訓詁学的なアプローチが特徴です。一方、新注は、南宋の朱熹（1130-1200）が著した『論語集注』を代表とし、朱子学の思想に基づいた解釈を展開しています。朱熹以前にも多くの注釈書が存在したとされ、朱熹自身もそれらを参考に『論語集注』を完成させました。

代表的な注釈書

漢から宋の注

鄭玄注： 後漢末の鄭玄による注釈書。魯論、斉論、古論の三つの異なる『論語』テキストを総合して作成されたとされ、20世紀初頭の敦煌文献発見によって、その断片が確認されています。
論語集解： 何晏（？-249）が編纂したとされる、現存する最古の注釈書。魏の時代の解釈を反映した古注の代表です。
論語義疏： 南朝梁の皇侃（488-545）による注釈書。集解を基に、魏晋以来の諸家の注釈を取り込み、玄学や仏教的な解釈も取り入れています。
論語注疏： 邢昺による注釈書。集解と義疏を基に詳細な注を加え、漢から北宋までの諸注釈を網羅した十三経注疏の一つです。
* 論語集注： 朱熹による注釈書。『四書集注』に含まれ、古注に対する新注として、東アジアの儒学に大きな影響を与えました。

明清の注

明代には陽明学系の解釈書、清代には考証学に基づいた注釈書が多く著されました。毛奇齢、焦循、劉宝楠、恵棟らの注釈書は、それぞれ古注や新注への独自の解釈や、考証学的な成果を反映しています。特に劉宝楠の『論語正義』は、古注を重視しつつ、既存の注釈にとらわれない詳細な注釈として高く評価されています。

朝鮮・日本の儒学者による注

朝鮮の李珥（栗谷）、李滉（退渓）、丁若鏞（茶山）といった著名な儒学者たちも『論語』の注釈書を著し、独自の解釈を提示しました。日本においても、戦国時代から近世にかけて、清原宣賢、伊藤仁斎、荻生徂徠らが重要な注釈書を著しました。特に仁斎の『論語古義』と徂徠の『論語徴』は、朱子学への批判と独自の解釈を示した革新的な著作として、後世の研究に大きな影響を与えました。

近現代の日本語訳注

明治以降、多くの日本人が『論語』の翻訳と注釈に取り組んできました。簡野道明、武内義雄、吉川幸次郎、金谷治、加地伸行といった学者の業績は、現代における『論語』研究の基礎となっています。これらの訳注は、それぞれ異なるアプローチで『論語』を解釈しており、多様な視点を提供しています。

近現代の日本語訳注は、古典的な注釈書を踏まえた上で、現代的な視点を取り入れ、より理解しやすい解説を付したものが多く見られます。また、単なる翻訳にとどまらず、論語の思想を現代社会に活かすための解釈が試みられているものもあります。

結論

『論語』の注釈書の歴史は、まさに中国古典学、ひいては東アジアの思想史そのものです。多様な解釈が存在する中で、それぞれの注釈書の背景や立場を理解することで、『論語』の奥深さと普遍性をより深く理解できるでしょう。本稿が、読者の『論語』への理解を深める一助となれば幸いです。

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