1973年の文学

1973年（昭和48年）は、日本文学界にとって動きの多い年でした。社会現象を巻き起こしたベストセラーの誕生、権威ある文学賞の発表、新たな賞の創設、そして表現の自由を巡る裁判など、様々な側面から文学の現在地が示されました。国内外で活躍した多くの作家や編集者がこの世を去った年でもあります。

ベストセラーと話題作

この年の文学を語る上で、小松左京によるSF大作『日本沈没』の刊行は外せません。光文社から出版されたこの作品は、日本列島の危機を描き、社会現象ともいえるブームを巻き起こし、年間総合ベストセラーのトップに輝きました。

また、安部公房は独創的な世界観を持つ『箱男』や『愛の眼鏡は色ガラス』を発表し、健在ぶりを示しました。後藤明生による『挟み撃ち』もこの年に刊行されています。

児童文学の分野では、遠藤寛子の『算法少女』や、かこさとしの代表作の一つとなる『からすのパンやさん』が出版され、長く読み継がれる作品が生まれました。中里喜昭『ふたたび歌え』、舟崎克彦『ぽっぺん先生の日曜日』なども注目されました。

評論分野では、川端康成の『日本の美のこころ』が出版され、その美学に触れる機会を提供しました。その他、安部公房の『反劇的人間』、大岡昇平の『わがスタンダール』、三島由紀夫の遺稿集『わが思春期』なども刊行されています。

文学賞の動向

文学賞の世界でも新たな動きがありました。文豪・川端康成の業績を記念する川端康成文学賞がこの年に創設されました。

また、第1回泉鏡花文学賞の選考会が開催され、半村良の『産霊山秘録』と森内俊雄の『翔ぶ影』が初の受賞作となりました。

最も注目される芥川龍之介賞と直木三十五賞では、以下の作品が選ばれています。

第68回（1972年下半期）
芥川賞：山本道子『ベティさんの庭』、郷静子『れくいえむ』
直木賞：該当作なし
第69回（1973年上半期）
芥川賞：三木卓『鶸』
直木賞：長部日出雄『津軽世去れ節』『津軽じょんから節』、藤沢周平『暗殺の年輪』

藤沢周平はこの受賞を機に時代小説の旗手として広く認知されることになります。

谷崎潤一郎賞（第9回）は、加賀乙彦の『帰らざる夏』に贈られました。一方、群像新人文学賞（第16回）は該当作なしでした。

表現を巡る出来事

文学表現と社会規範の衝突という点では、「四畳半襖の下張事件」に関する動きがありました。月刊誌『面白半分』に掲載された小説を巡り、編集長の野坂昭如が刑法175条のわいせつ文書販売の罪で起訴される事態となりました。これは、文学作品における表現の自由が法廷で問われた注目すべき事例でした。

その他の文学関連

文化的な動きとしては、静岡県賀茂郡賀茂村（現：河津町）に三島由紀夫の『獣の戯れ』の文学碑が建立され、除幕式が行われました。これにより、三島の文学的業績を顕彰する場が一つ加わりました。

文学界の喪失

1973年は、国内外の文学界にとって大きな喪失の年でもありました。日本からは、ロマンチックな少女小説で知られる吉屋信子、童話『泣いた赤鬼』で親しまれる浜田廣介、SF研究家の大伴昌司、そして『文藝春秋』社長として文壇に大きな影響を与えた池島信平などが亡くなりました。

海外に目を向けると、ノーベル文学賞作家であるアメリカのパール・S・バック（『大地』でピュリッツァー賞受賞）とチリのパブロ・ネルーダ（1971年ノーベル文学賞受賞）、ファンタジー文学の金字塔『指輪物語』の作者J・R・R・トールキン、著名な詩人W・H・オーデンなど、世界文学史に名を刻む巨星たちがこの世を去りました。エジプトの小説家・評論家であるターハー・フセインもこの年に亡くなっています。これらの才能の喪失は、文学界全体に深い影を落としました。

まとめ

1973年は、ベストセラーが牽引する商業的な活況、新たな才能の発掘と既存作家の円熟、表現の自由を巡る問題提起、そして多くの偉大な文学者の逝去が同時に起こり、文学が社会や文化といかに深く結びついているかを改めて示す一年だったと言えるでしょう。

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