パクパ

ドグン・チューギェン・パクパ

ドグン・チューギェン・パクパ（འགྲོ་མགོན་ཆོས་རྒྱལ་འཕགས་པ་, 1235年3月6日 - 1280年11月22日）は、チベット仏教サキャ派の重要な人物です。彼は元朝の初代皇帝、クビライに招かれ、帝師として活躍しました。「パスパ」という名前でも知られ、漢語の史料では八思巴、発思八、抜合思巴などと表記されます。本名はロドゥ・ギェンツェンといい、幼少の頃からその才能を発揮したため、「聖者」を意味するパクパという名で呼ばれるようになりました。

生涯

生い立ちとモンゴルとの出会い

パクパは、チベットの有力な氏族であるコン氏の出身で、父はソナム・ギェンツェンでした。彼はサキャ派の先代座主であるサキャ・パンディタの甥にあたります。1244年、9歳の時に、モンゴル帝国との交渉のため、叔父であるサキャ・パンディタに連れられてチャクナ・ドルジェと共にサキャを出発しました。1246年に涼州に到着し、オゴデイ・カアンの王子であるコデンに謁見しました。叔父の死後、コデン王家の当主モンゲドゥの宮廷に滞在し、1253年には雲南遠征の途上にあったモンゴル帝国の王族クビライに招待され、六盤山で面会、クビライの側近となります。クビライは改宗はしませんでしたが、チベットと中国の間に「施主と説法師（ユン・チュー）」の関係が築かれました。この時、パクパはクビライに灌頂を授け、クビライからチベット13万戸の支配権を与えられたと言われています。これにより、チベットにおけるサキャ派の地位が確立しました。

元朝における活躍

1260年にクビライがモンゴル帝国のカアンに即位すると、1261年にパクパはモンゴルの国師に任じられました。チベットはクビライの支配下で州と県に分割され、各地区を統治する知事は、国師であるパクパの権威に従いました。パクパはチベットに加え、旧西夏領の行政権、モンゴル帝国全体の仏教行政権を委ねられ、チベット仏教界だけでなく中国仏教界への指導権も与えられました。また、徴税や労役における僧侶の特権も獲得しました。

クビライが即位した当時、モンゴルには独自の文字がなく、モンゴル語の表記には漢字やウイグル文字が用いられていました。そこでクビライは、パクパにモンゴル独自の文字を作成するよう命じました。パクパは、サキャ・パンディタが作成していた字母を基にパスパ文字を完成させ、1269年3月にパスパ文字を国字とする詔が公布されました。パスパ文字の発明とクビライの権威強化のため、1270年にパクパはクビライから帝師と大宝法王の称号を授けられました。

帝師としての活動と晩年

帝師に就任したパクパは、クビライを転輪聖王に擬え、帝権の強化を図るための様々な施策を実施しました。大都の正門である崇天門には金輪が掲げられ、クビライの玉座の上には白傘蓋仏を象徴する白傘が置かれました。1270年からは毎年2月8日から1週間、大都で白傘蓋の仏事という大法会が行われるようになりました。帝師に任命された後、一時チベットに帰国しましたが、再び大都に戻り、皇太子チンキムのためにサキャ派の教義を説いた『彰所知論』を著しました。

1274年3月、パクパは帝師の地位を異母弟のリンチェンに譲り、帰国の途につきました。当時、パクパはサキャのポンチェン（プンチェン）職であるクンガ・サンポと対立しており、クビライの七男であるアウルクチの軍隊を伴って帰国しました（クンガ・サンポの乱）。1275年末にサキャ寺に到着し、チベット各地を巡遊しました。1277年にはチンキムの後援を受けてチュミクで大法会を開き、以降はサキャ寺に籠ることが多くなりました。1280年、パクパは生誕地のサキャで亡くなりました。

死後

パクパの死後、クンガ・サンポがパクパを毒殺したと告発され、元軍によって処刑されました。クンガ・サンポの処刑後、1281年にはパクパの甥であるダルマパーラが帝師とサキャ派の長の地位に就きました。この後、元朝の帝師の地位はサキャ派とその周辺の人物によって独占されることになります。

英宗シデバラの時代には各地にパクパを祀る帝師殿が建てられ、泰定帝イェスン・テムルの時代にはパクパを描いた画を基にした塑像が作られました。パクパを祀る元朝の方針については、彼を色目人の中心人物として起用しただけでなく、孔子に替わる立場に置こうとしたという見方も存在します。

文化事績

パクパは、『彰所知論』（Shes bya rab gsal）というアビダルマの教義について記した著作を残しています。この書はシェーラブ・パル（Shes rab dpal、沙囉巴）によって漢訳された他、チベット語の原典も存在します。また、タントラの注釈書も執筆しました。

さらに、パクパは中国を訪れた際、チベットに亡命していたネパールの王子アニゴを同行させました。アニゴを通して、北インド・ネパールの工芸文化が中国に伝えられました。

参考文献

岡田英弘『モンゴル帝国から大清帝国へ』（藤原書店, 2010年11月）
佐藤長「パクパ」『世界伝記大事典 世界編』7巻収録（桑原武夫編, ほるぷ出版, 1978年 - 1981年）
中村淳「チベットとモンゴルの邂逅 遥かなる後世へのめばえ」『中央ユーラシアの統合』収録（岩波講座 世界歴史11, 岩波書店, 1997年11月）
藤枝晃「パスパ」『アジア歴史事典』7巻収録（平凡社, 1961年）
藤枝晃「パスパ文字」『アジア歴史事典』7巻収録（平凡社, 1961年）
山口瑞鳳『チベット』下（東洋叢書4, 東京大学出版会, 1988年3月）
* C.M.ドーソン『モンゴル帝国史』3巻（佐口透訳注、東洋文庫、平凡社、1974年6月）

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