やぐら

やぐらとは

「やぐら」とは、現在の神奈川県鎌倉市とその周辺地域で、鎌倉時代中期から室町時代前半にかけて造られた横穴式の納骨窟または供養堂のことです。鎌倉市教育委員会によると、3000基以上が確認されています。山に囲まれた鎌倉の地形と、横穴を掘りやすい鎌倉石という砂岩の性質を利用し、岩窟寺院を参考に作られたと考えられています。

やぐらの歴史

平地の少ない鎌倉では、人口増加に伴い墓地の需要が高まりました。また、奈良や京都から職能集団が移住してきたことも、やぐら造営を後押ししました。やぐらは、山頂や斜面に作られ、納骨と供養の場として利用されました。鎌倉公方の衰退とともに武士が領地へ移ると、やぐらは作られなくなり、その役割は次第に忘れ去られました。

やぐらの名称

文献に「やぐら」という語が登場するのは、1685年刊の『新編鎌倉志』が最初です。それ以前は岩穴を「巌（いわや）」と呼んでいました。漢字では「矢倉」と表記されることもありますが、これは当て字で、一般的にはひらがなで「やぐら」と表記されます。

やぐらの構造

多くの場合、一つのやぐらを中心に3〜6窟の小やぐら群が形成され、場所によってはそれらが集まって大やぐら群を構成します。一般的な形態は、矩形平面を持つ平天井で、入口には短い羨道があります。羨道は奥行き数十cmから1m程度の短いものが多く、中には前室を持つやぐらもあります。広いやぐらでは8m平方に及ぶものもありますが、通常は2m平方程度です。

鎌倉時代のやぐらには、入口に扉を取り付けていたと思われる痕跡が残っています。室町時代になると、羨道がなくなり、玄室がそのまま開口する形になります。崖崩れや土木工事で発見される場合もあり、その際には入口を石で覆っていた痕跡が見つかることがあります。

やぐらの内装

現在は岩穴のようにしか見えないものがほとんどですが、内部は漆喰で白く塗られ、中には漆で唐草などの絵が描かれたものもあります。寿福寺の唐草やぐらでは、漆の部分だけが風化せずに浮彫のように残っています。西御門谷の「朱垂木やぐら」では、羨道部分の天井に、朱色で屋根の垂木を模したものが描かれています。

やぐらの納骨

納骨の方法は様々で、玄室中央に大きな穴を掘ってそこに骨を入れる場合、床面に小さな穴を掘ってそこに骨を入れる場合、壁に龕を作ってそこに骨を入れる場合などがあります。また、長押状の彫り込みを持つやぐらもあります。ほとんどが火葬された骨が納められています。

これらの穴には蓋をされていた形跡が残るものもあります。また、納骨用の造作がない場合は、仏華瓶や香炉などに遺骨を納めて石塔の脇に置いたり、五輪塔や宝篋印塔の中に納骨したりする例もあります。

やぐらは、現在の墓のように納骨場所というだけでなく、供養を行う場所としての性格が強いと考えられています。

供養のためのもの

多くの場合、やぐらには五輪塔が置かれます。五輪塔は墓塔としての役割もありますが、多くは追善供養のために法事の度に追加されたものと考えられています。宝篋印塔や板碑が置かれる場合もあります。

大型のやぐらには、壁面に仏像や五輪塔、板碑、位牌などの彫刻が施されていたり、月輪の中に梵字が彫られていたりします。また、仏像が本尊として置かれているものもあります。

五輪塔には年紀と法名が墨書されていたり、漆喰の上から浅く彫って金を入れたりしたものもあり、元の姿は漆喰で白塗りされ、年紀と法名が記されていたと考えられています。

やぐらの分布

やぐらは鎌倉を中心に分布し、鎌倉の鶴岡八幡宮を中心とした山に囲まれた範囲では、中心線より東側に多く見られます。多くは南向きの斜面に作られ、次いで東向きが多く、西向きは少なく、北向きはごく稀です。

1977年の調査では、やぐらは寺院、または寺院跡に伴うものが圧倒的に多く、その中でも律宗系が71%を占めています。

古代横穴納骨窟とやぐら

横穴式の納骨窟は、奈良時代にも鎌倉に存在しましたが、鎌倉時代のやぐらとは直接的な繋がりはないと考えられています。ただし、奈良時代の横穴式納骨窟を、鎌倉時代初期にやぐらとして利用した例もあるとされています。

やぐらの年代

やぐらの内部にある五輪塔などは、風化して紀年銘が判別できないものがほとんどです。実際にやぐらで確認された紀年銘で最も古いものは、1270年前後のものです。年代を示すものとしては、1300年代に入ってからのものが多く、鎌倉の人口が最大となった時期と重なります。

また、律宗教団が奈良や京都から石工を連れてきて、石仏や五輪塔などを作り始めたことも、やぐら造営に影響を与えたと考えられています。

やぐらの埋葬者

やぐらには、武士だけでなく、芸能人や芸術家、僧なども埋葬されました。しかし、風化によって、埋葬者の名前が判明するものはほとんどありません。

判明している例としては、神武寺の弥勒やぐらに埋葬された中原光氏や、覚園寺の百八やぐらに埋葬された仏師の朝祐などが挙げられます。また、理知光寺のやぐらからは、伊豆の妙浄上人宥祥の遺体と推定されるものも発見されています。

報国寺のやぐらには、足利家時と足利義久の墓がありますが、これがそのために掘られたものかどうかは不明です。釈迦堂奥のやぐら群では、鎌倉幕府滅亡時に東勝寺で討ち死にした人々が埋葬されたのではないかとも考えられています。

寿福寺のやぐら群や、頼朝の墓の東隣にある北条政子の墓、源実朝の墓などとされるものは、全て江戸時代に作られた伝承です。

庶民の埋葬

中世の庶民には「先祖代々の墓」という概念はなく、多くは風葬でした。平安時代には、貴族の子の遺体でさえ、火葬や土葬をされずに放置されたこともありました。

鎌倉では、死体を埋葬するのは市街地の外側で、極楽寺や建長寺のあたりが「地獄谷」と呼ばれていたのはそのためです。名越切通付近にも、死者の埋葬地に建立された石廟が残っており、古くから葬送の地であったことを示しています。

化粧坂のそばにある瓜が谷やぐら群には、死後の審判を行う十王のような神像彫刻があり、このあたりも葬送の地であったと考えられています。

海側では、由比ヶ浜南遺跡から4000体近い人骨が出土しており、浜が埋葬地として利用されていたことがわかります。

鎌倉の武士の埋葬

鎌倉の武士は、京の貴族文化の影響を受けており、死後の供養を寺院や仏堂で行う傾向がありました。法華堂と呼ばれる仏堂を建てて供養する習慣があり、頼朝や実朝、北条政子なども法華堂に葬られました。

北条義時は、頼朝の法華堂の東の山に葬られ、その後の執権たちも、鎌倉の外にある寺院に葬られました。これは、上流階級の埋葬が、市街地から離れた場所で行われるようになったことを示しています。

やぐらの最盛期には、将軍や執権クラスの墓は鎌倉市街地ではなく、山を越えた外に作られるようになりました。庶民には墓の供養という意識が薄かったため、その中間の階層が、やぐらに関わっていたと考えられています。

市街地埋葬禁止令

鎌倉では、1242年に市街地での埋葬を禁止する法令が出されました。これにより、墳墓が山に移動し、やぐらが作られるようになったとする説もあります。しかし、この法令は、鎌倉幕府の追加法ではなく、御家人で守護の大友頼泰が発布したものであることが判明しています。

また、市街地埋葬禁止令がなくても、平安時代から、京の都では市街地からの墓の移転が行われていました。鎌倉の市街地からも、鎌倉時代と推定される人骨は発掘されていません。

泰時の都市計画

北条泰時は、鎌倉の都市計画を進め、御所を大倉から小町大路周辺に移し、和賀江築港や道路整備を行いました。また、鎌倉を「保」に分け、それぞれに奉行人を置きました。これらのことから、1240年頃には、鎌倉の市街地は人が溢れかえっていたことがわかります。

市街地埋葬禁止令は、泰時が京の市政を鎌倉に適用した1240年以降に制定されたと考えられています。

墓の空白期

やぐらの年代を考えると、1242年の市街地埋葬禁止令からやぐら造営が始まるまで、約30年の空白期間が存在します。また、やぐら以外にも、骨壺に入った火葬骨が出土していることから、市街地埋葬禁止令だけでは、やぐらの普及を説明できないことがわかります。

納骨信仰と葬送実務

平安時代から鎌倉時代にかけて、葬式は遺体の処理そのものであり、墓は供養の対象ではありませんでした。継続的な墓参は行われず、死者の供養は寺院や仏堂で行われていました。

11世紀頃から、死後の功徳を求めて、仏教の霊場に火葬骨を納める風習が始まりました。高野山や善光寺などがその霊場として有名です。また、長押の上に納骨する形式も現れ、やぐらにもその影響が見られます。

鎌倉では、都市を取り巻く山稜部やその周辺に、やぐらだけでなく荼毘跡や納骨堂、納骨を受け付けてくれる寺院の存在が確認されています。

墓参

『吾妻鏡』には、1241年から墓参の記録が出てきます。平安時代には、歳末に霊が訪れるという考えはありましたが、墓参は行われていませんでした。鎌倉時代に歳末の墓参が行われるようになったのは、墓に霊がいるという観念が広まり始めたためと考えられます。

共同墓地の形成

12世紀後半から、高僧が定めた結界の地に、貴族の埋葬が集中し始めました。986年に始まった僧の念仏結社二十五三昧会が、共同墓地出現のきっかけになったと考えられています。やがて、この二十五三昧会は貴族の間にも広まり、共同墓地を現す「五三昧」という言葉も使われるようになりました。共同墓地が広まり始めるのは13世紀後半です。

石塔の浸透

石製の五輪塔や宝篋印塔は、南宋の石工によって作られ始めました。五輪塔や宝篋印塔が上流階級の墓所にも広まり始めるのは、13世紀からです。板碑は、13世紀後葉から増加し、14世紀にピークを迎えます。南関東では、1290年代から安山岩製の五輪塔・宝篋印塔が見られるようになります。

葬送実務と律宗

平安時代の葬送は、家の者が行っていましたが、鎌倉時代になると、僧に葬儀を委ねるようになる僧に、葬儀社や火葬場の役割を一任することが増えました。特に、律宗は葬送の実務を担っていました。律宗は、戒律を重んじる宗派であり、他派の僧とも交流がありました。

律宗の「斉戒衆」が火葬などの葬送作業を行い、非人救済も行っていました。律宗は、現在の葬儀社のような役割を担っていたと考えられます。

やぐらの時代

やぐらが最盛期を迎えるのは、鎌倉時代末期と考えられています。これは、鎌倉に律宗が進出した時期とほぼ一致します。律宗の僧である忍性が、職人集団を率いて鎌倉に入り、律宗の寺院が建てられたことで、やぐら造営が加速したと考えられています。

土木工事の担い手

律宗の僧は、土木工事のプロでもあり、石工を含めた職人集団を率いて、寺院の再建や道路の整備などを行っていました。やぐら造営も、律宗の職能集団によって行われたと考えられています。

やぐらの全盛期

やぐらは、将軍や執権クラス以外の有力な御家人が、山に納骨する場所として作られました。平安時代には見られなかった「納骨信仰」が広まり、山で「墓参」したいというニーズも高まっていました。やぐらは、平地の少ない鎌倉で、上流階級の墓参供養のニーズに応えるものとして作られたと考えられます。

やぐらの衰退

やぐらは、南北朝時代を経て室町時代中期まで続きましたが、室町時代に入ると、その数も減少します。これは、鎌倉が武士の都市ではなくなった時期と一致します。鎌倉公方の滅亡や、享徳の乱によって、鎌倉は衰退し、やぐらの多くは忘れ去られました。

代表的なやぐら

寺院のやぐら

覚園寺やぐら群
浄光明寺やぐら群
報国寺やぐら群
海蔵寺やぐら群
寿福寺やぐら群
明月院やぐら群
円覚寺やぐら群
東慶寺やぐら群
建長寺やぐら群

ハイキングコース等のやぐら

百八やぐら群
平子やぐら群
まんだら堂やぐら群
朝比奈切通やぐら群
衣張山やぐら群
大平山やぐら群
天園ハイキングコース沿いのやぐら群
釈迦堂切通し付近のやぐら群
亀ヶ谷切通し付近のやぐら群

その他のやぐら

瓜ヶ谷やぐら群
朱垂木やぐら群
日月やぐら
唐糸やぐら
釈迦堂奥やぐら群
多宝寺跡やぐら群
東泉水やぐら群
お塔の窪やぐら
* 伝大江広元の墓

まとめ

「やぐら」は、鎌倉の独特な地形と文化の中で生まれた、中世の横穴式墳墓です。その内部は、漆喰で塗られ、豪華な装飾が施されていたものもあり、当時の人々の信仰や文化を今に伝えています。やぐらは、鎌倉の歴史を語る上で、欠かせない存在です。

もう一度検索