アラウィー朝

アラウィー朝：モロッコを統べる王朝の歴史

アラウィー朝（سلالة العلويين الفيلاليين、Sulālat al-ʿAlawiyyīn al-Fīlālīyn）は、17世紀末からモロッコを統治する王朝です。ターフィーラールト朝、フィラール朝とも呼ばれます。首都は時代によりフェズ、メクネス、ラバトに置かれました。

建国初期

アラウィー家の祖とされるマウラーヤ・ハサン・アッダヒールは、13世紀後半にアラビア半島のヤンブーからサハラ交易の拠点であったシジルマサに移住したとされています。モロッコ南部に辿り着いたマウラーヤの一族は、預言者ムハンマドの子孫であるシャリーフとして現地のベルベル人から敬意をもって迎えられました。1631年、アラウィー家のマウラーヤ・シャリーフはシジルマサの住民から支持を受け、政治的影響力を強めていきます。

サアド朝末期のモロッコは小勢力が乱立する状況にあり、アラウィー家は各地の小勢力への軍事支援を通して勢力を拡大しました。マウラーヤ・シャリーフの子であるムハンマドは、1640年にスース地方のマラブー（イスラム教における聖者）ハサンを破り、ドラア渓谷を制圧。「ターフィラルトのスルターン」を自称します。ムハンマドはフェズからシジルマサに至るラインの確保を目指し、1650年にはウジダ、ネドロマ、トレムセンを獲得しました。しかし、アラウィー家の拡大を警戒するオスマン帝国がトレムセンに軍を進めたため、ムハンマドはシジルマサに退却し、タフナ付近をアルジェリアとの境界と定めました。その後、ムハンマドはアラウィー家の指導者の地位を弟のラシードに譲り、自身は地方の領主として一線を退きました。

17世紀半ば、サアド朝の混乱期にラシードの指導下でアラウィー家は更なる勢力拡大を遂げます。ラシードは、アラウィー家と敵対するスーフィー教団のディラーイー教団を中部アトラス山脈に追いやり、フェズのイドリース家のシャリーフを服従させました。リーフ地方を制圧して南北の交易路を確保し、1667年にフェズとターザ、1669年にマラケシュを占領。フェズを流れるセブー川に橋を架けて、対立していたフェズ・エル・バリとフェズ・エル・ジャディドを統合し、首都として定めました。ラシードはモロッコのイスラーム勢力の代表者としてアミール・アル＝ムウミニーン（カリフ）の称号を採用し、彼の時代に国家としての基盤が整備されました。

ラシードの跡を継いだ弟のイスマーイールは各地の反乱を鎮圧し、1672年にメクネスを首都と定めました。イスマーイールは、アルジェリアとの国境地帯の監視が容易であること、ラバトやサレなどの港湾都市に近いこと、そしてフェズやマラケシュに存在する古くからの部族勢力の干渉を回避できることなど、メクネスの地理的利点に着目しました。イスマーイールはメクネスを政治・軍事・宗教の中心地とするべく開発に尽力しましたが、彼の死後、メクネスは首都の地位を失い、後のスルターンはフェズやマラケシュを都としました。

イスマーイールの死後、国家の財政は逼迫し、社会は不安定な状態に陥ります。17世紀から19世紀にかけて中央政府の権力は限定的なものとなりました。1757年に即位したムハンマド3世は、シャリーフとしての血統を強調して宗教的権威を高め、メッカのシャリーフと緊密な関係を築きました。アラビア半島のワッハーブ思想がモロッコに導入されたのは、ムハンマド3世の時代です。国家を再統一したムハンマド3世は、貿易の独占と管理による収入増加を目指し、国力の増強を図りました。1757年にデンマークと通商協定を締結したのを皮切りに、モロッコは他の国々とも通商協定を結びます。従前はモガドル（アッサウィーラ）が唯一の外港でしたが、1800年にはタンジャが開港し、後に唯一の外港となりました。ムハンマド3世の治世から20世紀初頭まで、関税収入がモロッコの国家収入の大部分を占めるようになります。

18世紀末からモロッコ内陸部や山岳地帯は中央政府の支配を拒む部族が割拠する「スィーバの地（反乱の地）」となり、政府の支配領域（マフザン）は平野部に限定されました。イスマーイールの時代に実施された部族勢力の移動・離間・抑圧政策への反動として、山岳地帯の部族勢力が平野部に移住し、諸部族の移動は宗教団体の反抗を引き起こしました。1792年に即位したスライマーンは分裂した王国の復興に取り組みましたが、政府の直轄領をわずかに回復するに留まりました。また、スライマーンはムハンマド3世の方針を転換し、タンジャのみを外国への窓口とする鎖国政策を採りましたが、19世紀以降モロッコはヨーロッパ列強の進出に晒されることになります。

ヨーロッパ諸国からの圧力と独立の喪失

列強諸国からの圧力により、モロッコは開国を余儀なくされ、1850年代から1860年代にかけてイギリス、スペイン、フランスとの間で、免税特権と治外法権を認める不平等条約が締結されました。モロッコは1830年代からアルジェリアでフランスに対する独立運動を指揮していたアブド・アルカーディルを支援し、1843年にアブド・アルカーディルがモロッコに亡命した際、政府は民衆の声に押されて彼を支援しました。しかし、1844年のイスリーの戦いでモロッコはフランスに敗北し、アブド・アルカーディルへの援助停止を約束させられました。

1859年から1860年にかけてのスペインとの戦争でもモロッコは敗北し、テトゥアンを失います。1860年4月、イギリスの仲裁によってスペインとの和平が成立しますが、多額の賠償金の支払い、セウタ居留地の拡大、漁業基地の権利譲渡などが盛り込まれた不平等条約を結ばざるを得ませんでした。1859年に即位したムハンマド4世の下でモロッコの近代化が推進され、国軍の強化やイスマーイールに倣った常備軍の設置が進められました。行政、財政、軍制改革による苦境からの脱出が試みられましたが、結果として財政危機、外債の増加、列強への従属を招きました。ムハンマド4世の跡を継いだハサン1世は王権の強化を目指しましたが、武力による強制的な税の徴収などの旧来の方法が採られ、大きな成果は得られませんでした。ハサン1世の治世に開催されたマドリード会議により、最恵国待遇の対象が拡大され、モロッコは開国状態に置かれることになります。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、アラウィー朝は統治能力を喪失し、列強の草刈場と化しました。モロッコ各地ではスーフィー教団を中心に、外国の排斥と惰弱な政府の打倒を掲げた抵抗運動が展開されました。1894年に14歳で即位したアブドゥルアズィーズは、当初は宰相アフマド・ムーサーに政務を委ねていましたが、1901年から親政を開始。アブドゥルアズィーズは欧米の機械類に強い興味を示しましたが、浪費による国庫の疲弊と、機械をもたらした外国人の影響が増大し、失望した人々が起こしたクーデターによってスルターンの地位を追われました。しかし、植民地化の流れを変えることはできませんでした。1904年に締結された英仏協商の結果、フランスはエジプトにおける権益放棄と引き換えにイギリスからモロッコでの権益を獲得し、同年にはフランスとスペインがモロッコ内の勢力範囲を区画しました。1905年のタンジェ事件でドイツがフランスのモロッコ拡張を牽制した後、1906年のアルヘシラス会議でスルターンの主権保障、モロッコの領土保全、経済的機会の確保を確認しながらも、フランスとスペインに治安や財政などの内政介入権を認め、モロッコの保護権が承認されました。

列強による内政干渉によってモロッコ人の外国人排斥運動は激化し、モロッコ在住のヨーロッパ人に対する暴行が各地で発生。こうした情勢は、列強にとって介入の口実となりました。1907年7月にカサブランカで発生した9人のヨーロッパ人労働者殺害事件（カサブランカ事件）は、フランスによるカサブランカと周辺地域への軍事行動を引き起こします。8月にはアブドゥルアズィーズの兄アブドゥルハフィーズがマラケシュでスルターンを称し、ウラマー（イスラーム法学者）の承認を受けたアブドゥルハフィーズは1908年6月にフェズに入城しました。アブドゥルハフィーズはモロッコ独立の回復を期待されて擁立されましたが、列強に迫られてカサブランカ事件の責任を取らざるを得なくなり、賠償金の支払いとフランスによるウジダ、カサブランカ周辺の占領を追認しました。スルターンを自称する他のシャリーフや、アブドゥルハフィーズの即位を不服とする部族集団の反乱鎮圧に際し、アブドゥルハフィーズは軍の再編を実施しましたが、フランス軍将校の起用が新たな反発を生みました。1911年のアガディール事件を経て、1912年3月30日にモロッコはフェズ条約を締結。名目上スルターンの統治権は認められていたものの、モロッコ北部と南部の一部がスペイン、中部の大部分がフランスの保護領とされることとなり、内政は外国からの強い干渉を受け、外交はフランスとスペインによって行われるという、事実上の植民地となりました。アブドゥルハフィーズは国を失ったことを恥じて退位し、スルターンの位を弟のユースフに譲りました。一方、山岳地帯ではアル＝ヒバなどの部族勢力がフランスの支配に反抗し、鎮圧に手を焼いたフランスは有力部族の首長地位の保全を約束することで、南方地域を統制しました。

フランス、スペイン保護領時代

初代モロッコ総督ルイ・リベール・リヨテはモロッコの首都をフェズからラバトに移転し、民族の分割統治、武力による弾圧と利益誘導による懐柔策を併用することで、安定した支配体制を確立しました。スペインの保護領にはスルターンの代理人が派遣されましたが、実権はスペインが任命した高等弁務官が掌握していました。フランスの保護下においてザヒール（スルターンの勅令）はフランス政府によって作成され、スルターンは署名するのみでした。都市部のアラブ人と山岳地帯のベルベル人を分割統治するためにフランス統治下のモロッコで施行されたベルベル勅令は、アラブとベルベルからなるモロッコのアイデンティティを侵害する、フランスによるベルベル人同化政策としてモロッコ知識人の反発を招きました。1927年にスルターン・ユースフが没した後、彼の子であるムハンマド・イブン・ユースフがスルターンの地位を継承しました。

1933年にフェズのウラマーと西洋教育を受けたラバトの知識人によって結成された国民行動連合は、ムハンマド・イブン・ユースフを旗頭として民衆に独立を訴えかけました。国民行動連合はスルターンの主権、労働法の整備、政党制度の導入を主張し、ムハンマドもモロッコの主権を侵害するザヒールへの署名を拒否しました。1937年にフランスによって国民行動連合の活動は非合法化され、指導者のアッラール・ファースィーやムハンマド・ワッザーニーらは逮捕されましたが、独立運動は止むことはありませんでした。

第二次世界大戦期、1942年にモロッコに連合軍が上陸すると、ヴィシー政権に抑圧された民族運動が再び活性化しました。1943年6月にムハンマド・イブン・ユースフはアメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトと会見し、モロッコ独立の支援を要請しましたが、積極的な回答は得られませんでした。しかし、スルターン自身が独立運動の先頭に立ったことは、独立運動の中で大きな意味合いを持っていました。同年に国民行動連合の活動家によってイスティクラール党（独立党）が結成され、1944年1月に独立の主張を織り込んだマニフェストがムハンマドに提出されました。

モロッコの独立

第二次世界大戦後のモロッコでは、「独立」を公に表明することができるようになっていました。ワッザーニーによる新党の結成や、モロッコ共産党の民族運動への協調によって独立運動は高まりを見せ、フランスはモロッコを「フランス連合」の中にとどめようとしました。モロッコとフランスの「共同主権」を唱えるフランスは、モロッコに住む少数派のフランス人に多数派のモロッコ人と同等の参政権を付与しようと試みましたが、完全な独立を目指すナショナリストはフランスの政策に反対しました。

1953年8月にムハンマド・イブン・ユースフはフランスによってモロッコを追放され、傀儡のスルターンが擁立されました。モロッコの都市部では独立派によるボイコット、抗議運動、テロ事件が展開され、山岳地帯でも植民地行政局を目標とする襲撃事件が発生しました。1954年のベトナム・ディエンビエンフーの陥落、同年11月のアルジェリア独立戦争の勃発によってフランスの威信は低下し、モロッコ問題は国際連合でも議論の対象となりました。フランスに対する内外の圧力が強まる中、亡命中のムハンマドとフランスの交渉が行われ、1955年11月にムハンマドはモロッコに帰国します。1956年3月2日に独立協定が調印され、同年にセウタ、メリーリャ、サハラ地方を除くスペイン領とタンジャがモロッコに編入されました。

独立後のモロッコでは、スルターンから「国王(マリク)」に称号を変えたムハンマド5世の下で、立憲王政と代議制に基づく国家機構が構築されました。二院制の議会が設けられていますが、国王の権限は非常に強いものとなっています。

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