ターラー (通貨)

ターラー(ターレル)とは

ターラー（ターレル、Thaler, Taler）は、16世紀以来、数百年にわたりヨーロッパ中で用いられた大型銀貨です。その名は、現在のアメリカ合衆国ドルをはじめとするドル（dollar）や、2007年までスロベニアで使用されていたトラール（tolar）など、現代の通貨名にもその名残をとどめています。

語源

ターラー（ターレル）の語源は、「ヨアヒムスターラー」（Joachimsthaler）という銀貨の名が短縮されたものです。ヨアヒムスターラーは、16世紀初頭に大規模な銀山が発見されたボヘミア（現在のチェコ）の町、ザンクト・ヨアヒムスタール（Sankt Joachimsthal、現在のヤーヒモフ）に由来します。1518年以来、この地でこの種の銀貨が発行されてきました。

起源

ターラーと同程度のサイズの銀貨が製造されるようになったのは、15世紀後半に遡ります。15世紀末にかけて、ヨーロッパ各国の通貨の品位は著しく低下しました。度重なる戦争による戦費調達のための低品位貨幣の発行や、中東・インド・インドネシア・中国などからのスパイス、絹、陶磁器といった高価な輸入品の支払いを銀貨や金貨で行ったことによる金銀の流出が原因です。

これらの要因により、グロシュ（グロッシェン、グロ）銀貨の銀含有量は急激に低下し、中には5%を下回るものも現れ、銀貨の価値は13世紀や14世紀の頃と比較して大幅に下落しました。

この状況を打破するため、ヨーロッパでの新たな銀山の発見と採掘開始も相まって、イタリアでは1472年に重さ6グラムを超える大型のリラ銀貨が導入されました。これは、フランスのグロ・トゥルノワ銀貨の重さ約4グラムを大きく上回るものでした。1474年には、9グラムのリラ銀貨も発行されています。

これに続き、1484年、オーストリア大公ジークムントは、通貨の改革を目指し、純度937パーミル（93.7%）、重さ約15.5グラムで30クロイツァーの価値を持つ「半グルデングロッシェン」（Guldengroschen）銀貨を発行しました。これは試験的なものでしたが、流通し成功を収めました。ジークムントはこれをもとに、シュヴァーツの銀山とハル・イン・チロルの発行所を使って1486年に後のターラーと同サイズで31グラムあまりの重さの大型銀貨、グルデングロッシェン（Guldengroschen）を大量に発行しました。これは60クロイツァーの価値があり、グロシュ銀貨でありながらグルデン金貨（ギルダー、フローリン金貨）と同様の価値を持っていました。

グルデングロッシェンは「グルディナー」（guldiner）の愛称で呼ばれ、すぐに成功を収めました。銀山を持つ国は競ってグルディナーを模倣しました。ルネサンスの影響を受けた彫刻家たちは、発行国の紋章や主君の肖像を硬貨に刻み込みました。

ヨアヒムスターラー

1518年、グルディナー銀貨は中欧各地で広く流通し、ハプスブルク家が支配する神聖ローマ帝国の一部であったボヘミアでも発行されていました。これはハル・イン・チロルで製造されていたものと同じサイズでしたが、純度は若干低く、原料の銀が採掘されたザンクト・ヨアヒムスタール（Sankt Joachimsthal、現在のチェコとドイツの国境付近のヤーヒモフ）にちなんで「ヨアヒムスターラー」と呼ばれました。この銀貨には聖ヨアキムの肖像が刻まれていました。

同様の銀貨が、銀の豊富な近隣の渓谷地帯でも鋳造され、それぞれの谷（タール）の名にちなんで「…ターラー」と呼ばれました。これらの銀貨は「ターラー」（thaler）と略称されるようになりました。当時、ヨーロッパ各地では商取引の基準となる新たな通貨が求められており、これらの初期のターラーから製造された「新ターラー」がその基準通貨となり、同様の大きさおよび銀の重さの通貨がヨーロッパ各地で発行されました。

ドイツのターラー

ターラー銀貨発行の最盛期は16世紀末から17世紀にかけてで、各地で多様なターラー（いわゆる「ローザー」、löser）が発行されました。ハルツ山地のブラウンシュヴァイクで最初に発行され、以後の多くもこの地で発行されました。ターラー銀貨の中には、通常のターラー銀貨の16倍の大きさで、重さ450グラム以上、直径12cmを超えるものもありました。「ローザー」という名前の由来は、ハンブルクで発行されていた10ダカットの価値を持つ大型金貨「Portugalöser」から来ていると考えられています。ローザー銀貨のいくつかは、この大型金貨と同様の価値を持っていましたが、全てがそうではありませんでした。結果として、ローザーという言葉は、1ターラー以上の価値を持つ大型硬貨の名前となりました。現在、この種の大型銀貨はほとんど残っておらず、高価でコレクター間で取引されています。

神聖ローマ帝国では、ターラーはグルデン、グロッシェン、ペニヒなど、各地の領邦の通貨を比較する基準として使用されました。基準の一つはライヒスターラー（帝国ターラー、Reichstaler）で、9分の1ケルンマルク（1ケルンマルクは233.856グラム）の重さの銀を含んでいました。1754年には、10分の1ケルンマルクの銀からなるコンヴェンツィオンスターラー（Konventionstaler）が導入されました。プロイセン王国は14分の1ケルンマルクの銀を含むターラー銀貨を使用していましたが、プロイセンの勢力拡大とともに、1837年の関税同盟ではプロイセン・ターラーが「南ドイツグルデン」（Gulden、4分の7ターラーに相当）とともにドイツ南部やラインラントの通貨となりました。1850年には、多くの領邦が自前の通貨とともにこのターラーを使用していました。

1857年、オーストリア帝国がフェアアインスターラー（統一ターラー、ユニオンダラー、Vereinsthaler）を定め、ドイツ全土で通用するようになりました。各地でこれに伴いフェアアインスターラーが通貨となりました（プロイセン王国のプロイセン・フェアアインスターラー、ザクセン王国のザクセン・フェアアインスターラーなど）。フェアアインスターラーは普墺戦争の結果、1867年にオーストリア帝国での打刻が停止され、ドイツ統一後の1872年にはドイツ帝国でも金マルクに切り替えられました。

マリア・テレジア即位後の1741年に発行されたマリア・テレジア・ターラーは、ヨーロッパのみならず初期のアメリカ合衆国や中東各国でも通用し、20世紀前半まではエチオピアやオマーンの通貨となっていました。イタリア領エリトリアでは、1890年から1921年までエリトリア・タレーロが流通していました。

各地のターラー

ターラー銀貨は、ヨーロッパ中での銀の発見や、新大陸や日本などからの銀の流入、ヨーロッパ規模での商業圏の一体化の進展等により、ヨーロッパで広く通用する通貨となりました。また、ターラーと同様の大きさと銀の量の貨幣が各地で打刻されました。これらの銀貨（日本では洋銀などと呼ばれるもの）は、ターラーに由来する名称で呼ばれるようになりました。

オランダ

オランダでは、ターラーに由来するダアルダー（ダールダー、daalder）やライクスダアルダー（rijksdaalder）がギルダー（gulden）とともに流通しました。ダアルダーは1.5ギルダー、ライクスダアルダーは2.5ギルダーでした。ライクスダアルダーはライオンの像を彫っており、それゆえリューエンダーラー（leeuwendaler、ライオン・ドル、ドイツ語ではレーヴェンターラー Löwenthaler）とも呼ばれました。これはオスマン帝国領内の各地、たとえばルーマニアなどでも流通したため、レウ（leu、ルーマニア・レウおよびモルドバ・レウ）やブルガリアのレフ（lev）など「ライオン」を意味する通貨名の由来となりました。オスマン帝国がダアルダーを模倣して独自に発行を始めた銀貨は「クルシュ」（グロシュ銀貨の名に由来する）と呼ばれ、欧州では「ピアストル」の名でも呼ばれるようになりました。ライクスダアルダー（2.5ギルダー硬貨）の発行は2002年にギルダーがユーロに切り替えられるまで続いていました。

スカンジナビア

ターラーはスカンジナビアに導入され、17世紀前半にはもっとも流通した貨幣となり、ダーラー（ダーレル、daler）の名で呼ばれました。多くのダーラーが鋳造されましたが、デンマークのリグスダーラー（リグスダーレル、rigsdaler）、スウェーデンのリクスダーラー（リクスダーレル、riksdaler）、ノルウェーのスペシーダーラー（スペシーダーレル、speciedaler）などが代表的です。これらのダーラーはスカンディナヴィア通貨同盟が導入したデンマーク・クローネとスウェーデン・クローナに切り替わる1873年まで使用されました。ノルウェーも1876年に通貨同盟に加入し、ダーラーに代わりノルウェー・クローネを導入しました（クローナおよびクローネは、「王冠」に由来する）。

その他

ターラーに基づく通貨には、イングランドのクラウン貨幣や、スペインの8レアル貨幣（ペソ）などがあります。イングランドではオランダのダアルダーに由来しダラー（ドル、dollar）の名がターラーや同様の貨幣に使われました。オランダのライオン・ドル、スペインの8レアル銀貨（スペイン・ドル/スペイン・ダラー）、オーストリアのマリア・テレジア・ターラーはアメリカ植民地で各国との交易とともに流通しましたが、特にメキシコの豊富な銀産出に裏打ちされたスペイン・ダラーがヨーロッパもアメリカも席巻しました。アメリカ合衆国独立後は、スペイン・ダラーやメキシコ・ダラーなどをもとにしてUSダラーが定められました。ダラー（ドル）という通貨名は、オーストラリア、カナダ、香港、ニュージーランドほか世界各地で使用されています。スペイン・ダラーやメキシコ・ダラーが「洋銀」として流入した東アジアでは、ダラーを漢字で「圓」と表記し、人民元、円、ウォンなどの通貨単位の起源ともなりました。サモアではタラ（tala）という通貨が使われています。ヨーロッパではヴェネツィアの商人たちがメキシコ・ダラーを「ピアストル」（金属板という意味のイタリア語に由来する）と呼び、中東に大量に流通させ、オスマン帝国が同価値のクルシュ銀貨（ピアストル）を作るきっかけになりました。

その他、イタリアではタレーロ（tallero）、スロベニアではトラール（tolar）、ポーランドではタラール（talar）などの名で流通し、トラールはユーロに代わる2007年初頭まで使用されました。イタリアの勢力圏であったエリトリアでもタレーロは流通しました。

ターラー関連年表

1486年：オーストリア大公ジークムントが31.93グラム、純度937.5、60クロイツァーの価値のグルデングロッシェン銀貨を発行(製造：ハーゼック城)。
1493年：スイスが最初のグルデングロッシェン銀貨をベルンで発行。
1500年：ドイツ最初のグルデングロッシェン銀貨（グルディナー）がザクセン公国で発行、24グロッシェンと交換できる価値をもった。ブレーメン市では1グルディナーは36グロッシェンで流通した。これらのグルディナーは重さを29.2グラムに減らされて発行されていた（8分の1ケルンマルクに相当）。
1518年：最初の「ターラー」銀貨、ヨアヒムスターラーがボヘミアのヨアヒムスタールで発行される。重さは1500年のグルディナーと同じ。
1524年：グルディナー銀貨の標準化のためにエスリンゲンで通貨法（Reichsmünzordnung）が発行される。重さはヨアヒムスターラー同様、29.2グラム、純度は937.5パーミルが標準となる。
1534年：ザクセンとボヘミアは、グルディナー銀貨の重さを29.2グラムにしたまま純度を903.0に下げる。これ以後、ターラーとグルディナーの価値に違いが生じる。
1551年：アウクスブルクで新しい通貨法ができる。グルディナーの純度は更に882.0に下げられたが、重さは31.18グラムへ増やされた。これにより銀貨は1グルデン金貨と同等となった。1ターラーはこれにより72クロイツァーとなった。
1559年：神聖ローマ皇帝カール5世の死後、アウクスブルクで再度新しい通貨法が公布。グルディナー（この時、ライヒスグルディナーとなった）は重さ24.62グラムにまで小さくされたが純度は931.0に上げられた。グルディナーは60クロイツァーとなった。
1566年：グルディナーの役割は、ザクセンで通貨に関する布告が出され「ライヒスターラー」が導入されたことでいくらか削られた。ターラーの純度は889.0、重さは29.2グラムであった。
1667年：ザクセン公国、ブランデンブルク選帝侯領、ブラウンシュヴァイク＝リューネブルク公国の間で、ツィナ修道院（Kloster Zinna）において同意がなされ、ターラーの小型化が図られた。重さは28.1グラムに軽くされたが、純度889.0は変わらなかった。
1690年：ライプツィヒ通貨会議で、ザクセン、ブランデンブルク、ブラウンシュヴァイクの銀貨の質の低下について話し合われる。1667年の合意でもこの問題は解決できていなかったため、ターラーは更に重さを25.9グラムに下げられ、銀1ケルンマルクから12個のターラー銀貨が造られるようになった。
1741年：オーストリアはマリア・テレジア・ターラーを発行。
1750年：プロイセン王国、ヘッセン、ブラウンシュバイクの統治下の地域でターラーの重さは22.2グラムに、純度は750.0に大幅削減。1ケルンマルクの銀からのターラー銀貨の数は14個に。
1754年：オーストリアとバイエルン選帝侯領の間で1753年に行われた金融合意により、コンヴェンツィオンスターラーが導入され、銀1ケルンマルクに対しターラー銀貨10個となる。重さは28.2グラム、純度は833.0となる。この時期にはターラー銀貨は中部および南部ドイツに広まる。
1755年：クローネンターラー（Kronenthaler）がハプスブルク家支配下の地域で発行される。オランダおよび南ドイツでは多く流通した。重さは29.44グラム、純度は873.0。
1857年：ウィーン通貨協議でケルンマルクはドイツおよびオーストリアの通貨の基準から外される。基準は銀500グラムに替わり、最初のフェアアインスターラーは500グラムの銀から打刻される。銀貨の重さは18.5グラム、純度は900.0で、1ターラーは90オーストリア・クロイツァー、105バイエルン・クロイツァー、30グロッシェン、48シリングに等しくされた。
1872年：最後のターラー銀貨がザクセン王国などで発行される。
20世紀初頭：マリア・テレジア・ターラーのアビシニア（エチオピア）での発行計画が失敗。1935年、エチオピアを支配したイタリアはこの地でなお流通していたマリア・テレジア・ターラーを発行。

もう一度検索