井上松本因碩

井上松本因碩：幻庵の魂を受け継ぐ棋士

井上松本因碩（いのうえ まつもといんせき、天保2年（1831年） - 明治24年（1891年））は、江戸時代後期から明治時代にかけて活躍した囲碁棋士であり、家元井上家の十三世井上因碩です。本名を松本錦四郎といい、林柏栄門入に師事し、七段にまで昇りました。

生涯

総州葛飾郡（現在の千葉県北西部）に生まれた松本錦四郎は、幼い頃から囲碁に親しみました。旗本である太田運八郎の近習となり、17、8歳の頃、太田が山田奉行として赴任した際、遊歴中の本因坊秀和に三子で勝利するという逸話が残っています。その後、江戸に出て久世大和守広周の紹介で林家の門下に入り、囲碁の腕を磨きました。

嘉永3年（1850年）、十二世井上節山因碩が不慮の事態で隠居することになり、後継者として予定されていた服部正徹が不在だったため、錦四郎の旧主君である老中・久世広周の意向により、急遽井上家を継承し、十三世井上因碩となりました。同年には四段で御城碁に初出仕し、本因坊秀和に先番2目負けを喫しました。

安政6年（1859年）に本因坊秀和が名人碁所への就位を願い出ますが、因碩は井上家先々代である井上幻庵因碩の名人就位が秀和に阻まれた経緯から、安井門下の阪口仙得とともに久世大和守を通して寺社奉行に異議を申し立てます。幕府は多忙を理由に秀和の願いを却下しました。秀和と因碩は文久元年（1861年）の御城碁で対局し、過去2連敗していた因碩が、この時、一世一代の傑作と言われる中盤以降の打ち回しで先番1目勝ちを収めました。この一局によって秀和は名人就位を断念することになり、「幻庵乗り移りの一局」として語り継がれています。秀和の弟弟子である秀策は、師の技量をもってすれば楽勝できる相手だと悔しがったと伝えられています。

元治元年（1864年）に秀和が村瀬秀甫を七段に進めようとした際、因碩はこれに異議を唱え争碁を打ちましたが、秀甫が3連勝し、昇段が決定しました。明治元年（1868年）に林秀栄が四段昇段を推薦された際には、門下の小林鉄次郎との争碁を申し込むも、受け入れられませんでした。

明治維新後

明治維新後、井上家に縁のある細川家から300石格での帰国を勧められますが、これを断り江戸に留まりました。明治2年（1869年）に中川亀三郎らによって六人会が結成されると、因碩の弟子の小林鉄次郎もこれに参加しました。続いて明治12年（1879年）に方円社が結成されると、他の家元と共に参加し、小林鉄次郎も幹事を務めました。しかし同年、方円社の方針と対立し、本因坊秀元、安井算英、林秀栄と共に脱退し、他家と共に門下の方円社員の段位を剥奪しました。ただし、小林鉄次郎はそのまま方円社に残り運営に尽力し、後には副社長も務めました。

明治15年（1882年）、通例を破り、他家の了解を得ずに七段昇段を発表しました。明治24年（1891年）に神戸で客死。跡目を定めていなかったため、幻庵の弟子であった大塚亀太郎が関西の有志に推されて井上家を継ぎ、十四世井上因碩となりました。この後、井上家は関西に拠点を置くことになります。また、錦四郎の後援者には江藤新平がいました。

御城碁の戦績

嘉永3年(1850年) 先番2目負 本因坊秀和、先番3目勝 阪口仙得
嘉永4年(1851年) 先番1目負 伊藤松和、先番3目勝 林柏栄門入
嘉永5年(1852年) 先番2目負 本因坊秀策、先番中押勝 林元美
嘉永6年(1853年) 先番5目勝 安井算知 (俊哲)
安政元年(1854年) 先番中押負 本因坊秀策
安政3年(1856年) 先番7目負 阪口仙得
安政5年(1858年) 先番6目負 本因坊秀和
文久元年(1861年) 先番1目勝 本因坊秀和


井上松本因碩は、激動の時代を生き抜き、囲碁界に大きな足跡を残した棋士でした。

参考文献

安藤如意、渡辺英夫『坐隠談叢』新樹社 1955年
瀬越憲作『囲碁百年1』平凡社 1968年

外部リンク

* 木石庵「松本錦四郎因碩」

もう一度検索