嘉隆帝

嘉隆帝（ザーロン帝）の生涯と統治

嘉隆帝（かりゅうてい、ベトナム語: Gia Long đế）は、阮朝（グエン朝、現在のベトナム）の初代皇帝（在位: 1802年 - 1820年）です。諱は阮福映（グエン・フック・アイン、ベトナム語: Nguyễn Phúc Ánh）。阮朝は一世一元の制を採用したため、治世の年号が皇帝の通称となりました。「ジャーロン」は「嘉隆」のベトナム語読みです。

南ベトナム地域を支配していた広南国の最後の王の甥として生まれた阮福映は、1777年に西山朝の乱により一族が殺害される中、辛くも難を逃れます。15歳で隠遁生活を余儀なくされた彼は、その後、サイゴンを奪還・失陥を繰り返す中で、フランス人司教ピニョー・ド・ベーヌと親交を深めます。ピニョーは、阮福映による王位奪還のため、フランス政府に支援を求め、志願兵を集めましたが、当初は失敗に終わります。しかし、1789年以降、阮福映は再び勢力を盛り返し、西山朝討伐のため北進を開始。1802年には、清朝との国境付近にまで到達し、ベトナムを再統一しました。

嘉隆帝の統治は、儒教的な正統性に根ざしていました。西山朝を打ち破り、古典的な儒教教育と官僚制を復活させたほか、首都をハノイからフエに移し、要塞や宮殿を建設しました。また、フランスの専門知識を活用して阮朝の防衛力を近代化させ、カトリック宣教師の活動も容認しました。その結果、阮朝はインドシナ半島における軍事支配を強化し、タイ王国軍をカンボジアから追放し、属国化することに成功しました。

生い立ち

1762年2月8日、阮福映は富春（現在のベトナム中部フエ）で生まれました。幼少期には、阮福種と阮福暖という二つの名前を持っていました。彼は、広南国国王阮福濶の次男である阮福ルァンと、孝康皇后阮氏環の三男として生まれました。阮福ルァンの後継者については諸説あり、一説では、阮福濶が当初阮福ルァンを後継者に指名しましたが、高官の張福巒が、死の床で阮福濶の指名を変更し、阮福淳を王位に就けたとされています。しかし、歴史家のチェ・ビョンウクは、ルァンが後継者に指名されたという説は、19世紀の阮朝の歴史家たちが嘉隆帝の正統性を確立するために広めたものだと主張しています。実際には、阮福濶は九男の阮福昊を後継者に選んでいましたが、その息子が亡くなったため、張福巒に阮福淳を選ぶよう望んだとされています。

西山朝の乱と逃亡

1775年、阮福淳は阮福暘と権力を共有することを余儀なくされました。この時、阮福映は宮廷の権力者たちからの政治的な支持を得ていませんでした。1777年、西山党の乱で阮福淳と阮福暘が殺害されると、阮福映は、西山党の勝利を生き延びた一族の中で最も年長のメンバーとなり、一族はサイゴンへと追いやられました。これにより、阮氏の権力基盤は大きく変化しました。阮福映は、南部の人々からの支持を再構築する必要に迫られ、後に阮朝の中核を担うことになります。

阮福映は、カトリック司祭のポール・ギに保護された後、ハティエンに逃れ、そこでフランス人司祭ピニョー・ド・ベーヌと出会い、彼の助言者となりました。ピニョーは、カンボジアの西山軍を避け、阮福映を援助しました。その後、二人はシャム湾のプロ・パンジャン島に逃れました。ピニョーは、阮福映の勝利に貢献することで、ベトナムのカトリック教会に重要な譲歩をもたらし、東南アジアでの拡大に貢献することを期待していました。

サイゴン奪還と杜清仁の死

1777年末、西山軍の多くが北上し、鄭氏を攻撃すると、阮福映は密かに本土に戻り、サイゴンを奪還しました。このサイゴン奪還において、阮王家の上級司令官杜清仁の尽力が決定的な助けとなりました。杜は西山軍を追放し、海軍艦隊に大損害を与えました。阮福映は、シャムに外交使節団を派遣し、友好条約を提案しましたが、1779年にカンボジアで反乱が起こり、協定は頓挫しました。阮福映は杜に反乱を支援させ、アン・ノン2世を処刑しました。

1780年、阮福映はグエン・ブオン（阮王）を名乗りました。1781年、シャム軍に対抗するため軍を派遣しましたが、その後、杜清仁を惨殺しました。その理由は不明ですが、杜の権力と名声が阮福映を脅かしていたことが推測されています。杜の死は、西山兄弟を喜ばせ、彼らが最も恐れていた将軍だったからです。一方、杜の支持者の多くが反乱を起こし、広南軍は弱体化、数カ月以内に西山はサイゴンを奪還しました。阮福映はフーコック島への逃亡を余儀なくされました。杜の死は、阮福映の弱体化につながりましたが、一方で、阮福映が直接支配する足掛かりを築いたとも言えます。

フランスの援助

1784年、阮福映はシャムの援助を求めましたが、十分な効果は得られませんでした。絶望した阮福映は、ピニョーにフランスからの援助を要請し、息子の阮福景を同行させました。ピニョーは、当初のオランダからの援助を求める計画に反対し、カトリックの発展を妨げることを恐れました。ピニョーはフランスに渡り、ルイ16世に阮福映への支援を訴えました。その結果、フランスは阮福映を支援する見返りとして、ベトナム沿岸の要塞を手に入れることができるという条約が締結されました。しかし、ポンディシェリの総督は協定を実行する気がなく、ピニョーはフランスで資金を調達し、志願兵を集めることになりました。

ベトナム統一への道

一方、シャム王室は阮福映を温かく迎えました。ベトナム難民は、バンコクに小さな村を建てることを許されました。阮福映は1787年8月までシャムに滞在し、タイ緬戦争にも従軍しました。1786年12月18日、阮福映はポルトガルとの同盟条約に調印しましたが、シャム人の反感を買いました。阮福映は、南部における西山軍の脆弱性を見抜き、1788年に密かにシャムを離れてベトナムに戻りました。

阮福映は、メコンデルタの司令官ヴォ・タインを説得し、ミトーを占領しました。その後、1788年9月7日にサイゴンを占領しました。ピニョーもサイゴンに到着し、フランスと阮福映の連合軍は阮福映の支配を強化しました。阮福映は、サイゴンを拠点として、西山軍との最終決戦に備えました。1788年には、高官による会議が設置され、ザーディンの男性人口の半分を徴税する制度も導入しました。ピニョーによって入隊したフランス人将校は、阮福映の軍隊の訓練に貢献し、西洋の戦闘技術を導入しました。

サイゴン城塞の建設と農業改革

阮福映は、サイゴンに近代的なヨーロッパ風の城塞を建設し、防衛力を強化しました。城塞は、セオドア・ルブランとド・ピュイマネルによって設計され、1790年に完成しました。また、阮福映は農業改革にも取り組みました。西山軍との長期戦で縮小していた農業活動を活性化させ、軍事入植地を南に拡大しました。中央政府は、軍部隊に農具や種子を供給し、兵士たちは土地を割り当てられ、収穫の一部を税金として納めることで、耕作されていない遊休地が大幅に減少しました。その結果、穀物生産量が増加し、阮福映は大規模な軍隊を維持し、軍需品を輸入することができました。また、余剰穀物は、国民の士気を高めるために活用されました。

海軍力の強化

阮福映は、新設されたサイゴン海軍工廠を利用して海軍力を強化しました。彼は、ヨーロッパ設計のポルトガル船をチャーターし、フランス人将校の指揮のもと、ベトナム人船員が活躍するようになりました。また、ヨーロッパの造船技術を取り入れ、船を建造しました。阮福映は、軍事技術に関してはフランス人将校に頼っていましたが、軍の構成は忠実なベトナム人に限定しました。フランス人は、阮福映がフランスの軍事的助言を十分に受け入れないことを批判しましたが、阮福映は、獲得した戦果を固めてから次の段階に進むという慎重な作戦を好みました。

ベトナム統一

1792年、西山朝の指導者である阮恵が急死すると、阮福映は北へ攻め上がりました。海軍艦隊を西山領沿岸部に対する襲撃に投入し、1794年にはニャチャンでの作戦が成功しました。西山軍はズィエンカインを包囲しましたが、阮軍はこれを阻止し、サイゴンから援軍が到着しました。これにより、阮軍は一年中いつでも西山の領土に侵入できることを証明しました。1799年、クイニョン要塞が阮軍に占領され、1801年まで取り戻されることはありませんでした。1802年6月、広南国の首都フエが陥落し、阮福映は嘉隆帝の名で皇帝に即位しました。そして、同年7月22日にハノイを占領し、ベトナム全土を統一しました。嘉隆帝は、ベトナムの領土を北は中国から南はシャム湾にまで拡大し、ベトナムの支配者として、中国の清朝から正式な承認を受けました。

統治と政策

嘉隆帝の統治は、厳格な儒教的正統主義に基づいたものでした。西山政権を倒すと、西山が行った政治改革を停止し、古典的な儒教の教育と官僚制を再び導入しました。首都を北部のハノイから中部フエに移し、新しい要塞と宮殿を建設しました。フランスの専門知識を活用し、ベトナムの防衛力を近代化させました。カトリックの宣教師の活動も許可しましたが、後継者たちからはあまり容認されませんでした。

嘉隆帝は、ベトナムの国名を「南越」に変更することを清に要請しましたが、清はこれを拒否し、「越南」に変更することに同意しました。嘉隆帝は、中国の制度を模倣し、ベトナム帝国に朝貢制度を導入しようとしました。

ベトナムは3つの行政地域に分割されました。旧阮氏の領土は帝国の中央部を形成し、9つの省からなりました。トンキンにはハノイに帝国軍指導者の行政所在地が置かれ、13の州がありました。南部では、サイゴンはコーチシナの4つの州の省都として機能しました。各都市の城塞は、その軍事的防衛区域を直接管理しました。行政においてすべての重要事項が、嘉隆帝の立ち会いのもと、最高評議会で協議されました。

嘉隆帝は、カンボジアへの影響力を強め、シャム軍をカンボジアから追放しました。また、フランスとの交易関係を模索し、1804年にイギリスと交渉を試みましたが、実現しませんでした。嘉隆帝は、ヨーロッパの商業的な誘いには概して否定的であり、西洋列強に対して孤立主義的な政策を貫きました。

嘉隆帝は、大規模な土地所有をすべて廃止し、公道や郵便組織、公共倉庫を整備しました。また、金融改革を行い、農業政策を推進しましたが、人口増加は耕作面積の増加を上回りました。嘉隆帝は、フランス人将校の監督下で建設された城塞に加え、さらに11の城塞を建設しました。

社会政策と文化

嘉隆帝は、儒教の宮廷試験を復活させ、官僚の養成と採用を促進しました。1803年にフエに国子監を設立し、地方にも同様の学校を設立する勅令を出しました。1815年には「嘉隆帝法典」を発行し、皇帝の権威と家族単位の権力を強化しました。

嘉隆帝は、首都をハノイからフエに移し、富春の城塞を再建しました。新しい宮殿や儀礼は、中国の様式を模倣しました。嘉隆帝は、同盟国であるフランスのカトリック信仰を容認し、布教活動を許可しましたが、祖先崇拝を非難するカトリックには不快感を示しました。また、国民の多くが信仰する仏教も軽蔑しました。1802年8月には、一族を処刑した西山軍の指導部に報復しました。

家族と後継者

嘉隆帝には多くの妻がいましたが、最も有名な妃は承天高皇后、順天高皇后、妃・黎玉玶です。長男の阮福景は天然痘で亡くなったため、後妻の息子である阮福膽（後の明命帝）が後継者となりました。嘉隆帝は、西洋人には敬意をもって接するが、優位な立場を与えないようにと息子に言い残しました。1820年2月3日に死去し、天授陵に葬られ、死後に世祖高皇帝と諡が付けられました。


嘉隆帝は、波乱に満ちた生涯の中でベトナムを統一し、阮朝の基礎を築いた重要な人物です。彼の統治は、儒教的伝統と西洋の技術が混ざり合った特徴を持ち、後のベトナムの歴史に大きな影響を与えました。

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