川名 (藤沢市)

川名（かわな）

神奈川県藤沢市の東端に広がる川名は、かつて鎌倉郡津村郷に属していた歴史を持つ地域です。現在の行政区分としては、住居表示が実施された川名一丁目・二丁目と、住居表示が未実施の大字川名が存在しています。

地理的特徴と景観の変遷

川名の北側は柏尾川の南岸で弥勒寺や宮前と、西側は境川の西岸で鵠沼と境を接しています。南側は新林公園周辺で片瀬山と、東から南東にかけては川名緑地、東レ基礎研究所、神奈川県立深沢高等学校を結ぶラインで鎌倉市の手広や津と隣接しています。柏尾川と境川という二つの河川が合流する地点に位置するため、古くから川沿いの低地は水害に苦しめられてきました。一方で、主に第三紀層からなる丘陵地帯は、灌漑設備が未発達だった時代には旱魃に悩まされることも少なくありませんでした。

かつて、この地域の大半を占めていたのは田畑であり、住民のほとんどが農業を営んでいました。しかし、高度経済成長期以降、都市化が急速に進展します。丘陵地の多くが切り崩され、神奈川県道32号藤沢鎌倉線沿線を中心に、工場や高層集合住宅、商業施設などが立ち並ぶようになりました。対照的に、開発の手を免れた南部の標高約60メートルほどの丘陵地には、川名緑地や新林公園といった緑豊かな空間が残り、多様な自然環境が保全されています。

古代から現代に至る歴史

川名地区の歴史は古く、南部の清水遺跡からは旧石器時代後期の石器が見つかっています。また、台地部分には縄文時代から弥生時代、古墳時代にかけての遺跡が数多く点在し、特に横穴墓が集中していることから、この地に長期間にわたり集落が存在したことが確認されています。平安時代には、御霊神社の存在や村岡平氏の本拠地である村岡郷に近いことから、村岡平氏の支配下にあったと推測されていますが、明確な史料は残されていません。大庭御厨が成立した頃から鎌倉時代初期にかけては、大庭氏の影響下にあったと考えられています。

戦国時代に入ると、川名は後北条氏の支配下に置かれ、永禄年間には大谷彦次郎がこの地を知行した記録が残っています。神光寺近くの小字「殿屋敷」には、大谷氏の屋敷跡があったと推測されており、『新編相模国風土記稿』が編纂された頃には遺跡として確認されていたようです。後北条氏の時代、川名は境川沿いに諸役が免除された市場が置かれ、御霊神社や神光寺の周辺には門前町が形成され、商業的に栄えていたと伝えられています。

1591年（天正18年）の小田原征伐によって後北条氏が没落すると、川名は徳川家康の支配下に移り、その後、1694年（元禄7年）に旗本の井上左太夫が知行するまでは天領でした。近世、川名は谷戸田や深田が多く、元来米の収穫量は少なかった上に、柏尾川の氾濫による水害や、前述の通り灌漑設備の不備による旱魃が度重なり、村民は困窮しました。さらに、藤沢宿の定助郷に指定されたことも、その苦境に拍車をかけました。

幕末期には、異国船警護を担った川越藩や彦根藩が知行するようになります。これにより、川名の村人は異国船警護の人足としても徴発されることとなり、生活は一層困窮しました。こうした状況から、村民は藤沢宿の助郷役免除を訴えるまでに至ったと記録されています。

明治維新後の1889年（明治22年）、町村制の施行に伴い、川名村は村岡郷の五か村と合併して村岡村となり、川名はその大字の一つとなりました。1941年（昭和16年）に村岡村が藤沢市に合併されたことで、川名は藤沢市の大字となります。そして1966年（昭和41年）10月1日、川名の一部に住居表示が実施され、川名一丁目、二丁目が誕生しました。以降、川名には住居表示が実施された区域と大字区域が混在した状態が現在まで続いています。

主な史跡と文化

御霊神社: 川名村の鎮守として古くから信仰を集めています。創建は天慶4年（941年）と伝わり、宮前にある御霊神社からの分社とされています。地元では「ごれいじんじゃ」と呼ばれることが多いですが、正式には「ごりょうじんじゃ」と読みます。祭神は早良親王をはじめ、郷土の英雄である鎌倉景正や疱瘡神なども祀られています。毎年9月に行われる例大祭では、人形山車と共に「川名屋台ばやし」と呼ばれるお囃子が町内を練り歩きます。この川名屋台ばやしは、1976年（昭和51年）に藤沢市の無形民俗文化財に指定されています。また、毎年1月には伝統行事であるさいと焼き（左義長）が行われます。
神光寺: 古義真言宗の寺院で、山号を稲荷山影向院（いなりさんようごういん）といいます。江戸時代には青蓮寺の末寺でしたが、1851年（嘉永4年）に付近にあった大勝寺を合併しました。かつて大勝寺境内にあった川名地蔵堂には、相模国準四国八十八箇所の第74番札所本尊である弘法大師坐像が安置されていましたが、現在は神光寺境内の大師堂に移されています。
* 横穴墓群・やぐら: 神光寺の脇をはじめとする丘陵部には、複数の横穴墓群やぐらが存在します。横穴墓は古墳時代から奈良時代にかけての墓制、やぐらは鎌倉時代の遺構です。川名周辺には、これ以外にも縄文時代から平安時代頃までの遺跡が多数確認されています。神光寺横穴古墳群は、1977年（昭和52年）に藤沢市の史跡に指定されています。

自然環境と課題

川名南部には、新林公園や川名緑地といった貴重な緑地が残されています。特に約1.5ヘクタールの広さを持つ川名緑地は、藤沢市が環境保全に取り組むエリアです。周辺の宅地化や工業化が進む中でも、この緑地は田畑と豊かな自然が調和した空間を提供しています。最奥部の川名清水谷戸では、キジ、カワセミ、フクロウなど多様な野生生物が生息しており、ヤマトセンブリのような希少種も確認されています。

かつて、川名交差点を終点とする神奈川県道312号田谷藤沢線は、川名緑地を通過して国道134号へ接続する計画がありました。しかし、貴重な自然環境の破壊につながるとして、地域住民による反対運動が起こり、一度は計画が白紙となりました。近年、トンネル化による計画再開の動きがあり、自然保護を巡る問題が再び議論されています。

現代の川名

2023年（令和5年）1月1日時点の公示地価によれば、川名字通町の住宅地の地価は1平方メートルあたり15万2千円となっています。2023年9月1日現在の藤沢市発表によれば、世帯数および人口は一定の規模を有しています。また、2021年（令和3年）の経済センサス調査からは、複数の事業所が存在し、一定数の従業員が働く地域であることがわかります。教育面では、指定された市立小・中学校の学区に従って通学が行われています。郵便番号は251-0015で、藤沢郵便局が集配業務を担っています。

交通網としては、江ノ島電鉄・江ノ電バスの藤沢営業所が置かれ、地域のバス交通を担っています。道路については、南藤沢交差点で国道467号と、また神奈川県道32号鎌倉藤沢線の終点として接続しています。川名交差点は、神奈川県道312号田谷藤沢線の終点です。古くは江の島道といった旧道も地域を通過していました。

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