源氏物語の巻序

『源氏物語』の巻序：歴史的変遷と多様な解釈

『源氏物語』は、54巻からなる長編物語として知られています。現代では、特定の巻序（巻の並べ方）に従って読むことが一般的ですが、歴史を紐解くと、必ずしも現在の巻序が成立当初から存在したとは言い切れません。様々な古注釈、梗概書、系図、巻名目録などから、平安時代には複数の巻序が存在したことが示唆されているのです。

平安時代の巻序：多様性と謎

平安時代の王朝物語や擬古物語は、複数巻から構成されるものが多く見られます。しかし、『落窪物語』や『浜松中納言物語』など多くの作品では、巻に数字が振られているのみで、固有の巻名は持っていません。『源氏物語』だけが、各巻に固有の巻名を持つ点が特筆すべきです。古い伝本には巻序の数字が記されておらず、この違いが生じた理由も明確には分かっていません。

『うつほ物語』は巻名と巻序の数字が記された伝本も存在しますが、現存するものは江戸時代のものばかりです。また、『栄花物語』も各巻に巻名を持つものの、巻序の数字が併記されており、歴史物語であるため巻々の前後関係も明確で、巻序の問題は生じません。

かつては、作者が定めた、あるいは広く読者に共有された「正しい巻序」が存在したという考え方が一般的でした。『更級日記』に「一の巻より」といった記述があることが、その根拠として挙げられてきました。稲賀敬二氏なども、作者が定めた巻序を前提に議論を進めています。

しかし、鎌倉・室町時代の写本には巻名のみが記され、物語全体の題名や巻序が記されていないものが多いという事実から、成立当初は「正しい巻序」という概念自体が存在しなかったのではないかという見方も出てきています。

近代の巻序とそれ以前の巻序

現代では、『源氏物語』は54巻を一直線に並べて読むことが一般的です。しかし、近代以前の注釈書や梗概書では、巻を単純に一直線に並べるのではなく、「並ぶ」「併せる」「奥に込める」といった表現で複数の巻を関連付けて配置する二次元的、あるいは複線的な構成が見られます。巻名に番号を振る場合でも、全ての巻に番号が振られるとは限りませんでした。また、巻名自体も、現代とは異なる名称で呼ばれている場合も多く存在します。

特に「宇治十帖」と呼ばれる橋姫から夢浮橋までの10巻については、様々な扱いが見られます。他の巻と同様に並べられる場合もあれば、別個に番号を振ったり、「宇治」として一括で扱ったり、あるいは「無いものもある」と注釈を加える場合もありました。さらに、夢浮橋以降には、現代の54巻にはない巻名が記されている文献も存在します。

現行の巻序と異なる巻序の存在：具体的な例

古い注釈書や巻名目録には、現代の巻序とは異なる巻序を示唆する記述が多く見られます。

例えば、『源氏物語絵巻』は、竹河→橋姫というつながり方をしていたという説があります。『源氏釈』では、「桜人」という現存しない巻名が登場したり、「雲隠」が欠番になっている記述が見られます。『奥入』には「壺前栽」という異名や、桐壺と帚木間に「輝く日の宮」という巻名が記載されている記述があります。『河海抄』は、蓬生と関屋の順序が逆転している可能性を示唆しています。

『耕雲本』は、各巻末の跋歌に独自の巻序をうかがわせる特徴が見られます。「帚木」「若菜下」には跋歌がなく、「幻」の後に「雲隠」、「宿木」の後に「貌鳥」、「夢浮橋」の後に「法の師」の跋歌が記されています。これらは、古くからの巻序の変異を示唆する可能性があります。

『光源氏巻名歌』や『源氏六十三首之歌』なども、現代の巻序とは異なる順序や、追加の巻名を提示しています。これらの巻名歌は、成立当時における巻序の多様性や、物語の解釈の幅広さを示しています。

さらに、本文や人物表記の分析から、第三部の巻序として、匂宮→大姫物語（宇治十帖前半）→紅梅→竹河→浮舟物語（宇治十帖後半）という順序を想定する説もあります。

まとめ：巻序の多様性と解釈

『源氏物語』の巻序は、現代の標準的なもの以外にも、歴史的に様々な変遷を遂げてきました。これらの多様な巻序の存在は、物語の成立過程や解釈の多様性を示唆しており、現代の読解においても重要な視点を提供してくれます。単なる巻の並べ方だけでなく、物語の構造や作者の意図、そして読解の多様性を探る上で、巻序の研究は不可欠なのです。

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