田中阿歌麿

田中阿歌麿

田中阿歌麿（1869年10月30日 - 1944年12月1日）は、明治から昭和にかけて活躍した日本の地理学者であり、理学博士、そして子爵という爵位を持つ人物でした。特に日本の陸水学、中でも湖沼学の分野における先駆者として、その名を知られています。

生涯

阿歌麿は、東京の築地尾張藩邸にて、同藩士である田中不二麿の長男として生を受けました。幼少期は東京師範学校附属小学校で学び、その後、中村敬宇の私塾である同人社で学問を修めました。彼の人生を大きく方向付けたのは、16歳の時に経験した富士登山でした。山頂から見下ろした富士五湖の雄大な景色に心を奪われ、以来、湖沼の研究を志すようになったのです。

同年、父の不二麿が駐イタリア公使として赴任することになり、阿歌麿も共にヨーロッパへ渡りました。イタリア、スイス、フランスを経て、ベルギーのブリュッセル自由大学で学びました。イタリア滞在中には、ローマを拠点に、その郊外や北イタリアのコモ湖畔を訪れ、イタリア中部火口湖やアルプス山麓の氷河湖を巡り、その様子を観察しました。1886年にはスイスのレマン湖畔のローザンヌに移り、国際法学者ブリテル宅に寄寓し、私立中学校に入学。翌年にはアルプス中央部の山河や湖沼を旅行し、夏季牧畜の状況などを観察しました。ローザンヌ近郊に居住していたレフ・メーチニコフ（元お雇外国人）に教えを乞いました。その後、ブリュッセル自由大学理学部に入学し、フランスの地理学者エリゼ・ルクリュに師事して人文地理学を修め、アフリカの地理研究に2年間従事しました。

1895年、27歳で帰国した阿歌麿は、日本に湖沼学を紹介する活動を始めます。東京地学協会の月刊誌『地学雑誌』の編集委員として、海外事情に関する記事を精力的に執筆・紹介しました。フランス語文献をもとに「マリアナ群島略誌」（1899–1900年）などの地誌、各国の湖沼学の研究史展望（1901–03年）、「アルプ山地夏季住居とその放牧制度」（1904年）といった集落地理など広範囲に及びました。

教育者としても活動し、1898年10月に華族女学校嘱託、次いで1900年6月より同校教授に就任し、1906年4月まで在職しました。この間、早稲田大学の高等師範部外国地理、専修学校（のち専修大学）の外国経済地誌、台湾協会専門学校（のち拓殖大学）・中央大学等の商業地誌の講師を務めました。また、1901年より農商務省水産講習所講師を務め、1920年6月末より京都帝国大学理学部講師を嘱託されました。

1899年には、日本初の科学的な湖沼研究となる山中湖の測深調査を実施。以後、晩年に至るまで、日本各地の湖沼を巡り、湖盆形態や水温などの物理的性質を中心とした研究を続けました。31歳の時には、富士五湖の研究に着手し、陸地測量部の二万分の一地形図をもとに等深図を作成しました。調査対象は、箱根の芦ノ湖、磐梯山麓湖沼と猪苗代湖、関東地方・中部地方の湖沼へと広げられました。これらの研究成果は、「日本湖沼研究略報」として1900年から1908年にかけて『地学雑誌』に連載されました。

1910年からの信濃教育会北安曇部会の後援・助力、さらに信濃教育会南安曇部会・西筑摩部会などの助力による研究の成果として、1930年に『日本北アルプス湖沼の研究』を刊行。この研究に対し、1937年7月に京都帝国大学より理学博士の学位が授与されました。

1931年には日本陸水学会を創立し、初代会長に就任。1932年からは南千島（択捉島・国後島・色丹島）および北千島の湖沼と周辺地域を調査しました。1936年までに、過去39年間に調査研究した湖沼数は約170に達しました。1940年には、最後の著書となる『湖』を刊行しました。

1909年2月に父が亡くなったことに伴い、家督相続人として子爵位を襲爵しました。1943年5月に隠居を届け出て、息子の田中薫が子爵位を受け継ぎました。

1944年12月、老衰のため兵庫県武庫郡住吉村の自宅で亡くなりました。彼の遺体は、雑司ヶ谷霊園に埋葬されています。

栄典

1889年（明治22年）9月26日 - 従五位
1898年（明治31年）6月20日 - 正五位
1909年（明治42年）3月1日 - 従四位
1909年（明治42年）2月19日 - 襲爵（子爵）
1916年（大正5年）3月11日 - 正四位
1924年（大正13年）3月15日 - 従三位
1933年（昭和8年）4月1日 - 正三位
1943年（昭和18年）4月15日 - 従二位

家族

母のすまは、名古屋の上前津にあった芝居の道具製作の店「花新」の長女。妻の竹子は高崎正風の長女。息子は経済地理学者の田中薫、薫の妻は服飾デザイナーの田中千代。

著書

湖沼の研究（新潮社、1911年） - 日本初の湖沼学の専門書
湖沼学上に見たる諏訪湖の研究（全二巻：岩波書店、1918年）
趣味の湖沼学（実業之日本社、1922年）
野尻湖の研究（信濃教育会上水内部会、1926年）
日本北アルプスの湖沼の研究（信濃教育会北安曇部会、1930年）
湖（岡倉書房、1940年）

参考文献

国鏡社編刊『成功偉人名家列伝 第一編』1906年。
『世界大百科事典』14巻、平凡社、1966年。
鈴木静夫『日本の湖沼 - 湖沼学入門』 内田老鶴圃、1984年。
岡田俊裕『日本地理学人物事典［近代編1 ］』 原書房、 2011年。

関連項目

* 日本陸水学会

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