突騎施

突騎施（テュルギシュ）とは：中央アジアの遊牧騎馬民族

突騎施（テュルギシュ、Türügeš）は、8世紀にイリ川上・中流域を中心に活動したテュルク系の遊牧騎馬民族です。西突厥に属する東方五咄陸部の一つの部族でした。

歴史

烏質勒の時代 (7世紀末 - 706年)

当初、烏質勒（ウチジル）は西突厥の可汗（カガン）である阿史那斛瑟羅（アシナ・コシュロ）に仕え、莫賀達干（バガ・タルカン）という称号を持っていました。しかし、斛瑟羅の冷酷な政治に不満を持つ人々が多く、烏質勒の人柄と統率力に惹かれて彼に帰順する者が増え、次第に勢力を拡大しました。

烏質勒は配下に20人の都督を置き、それぞれに7千人の兵を統率させ、碎葉（スイアブ）の西北に駐屯しました。そして、碎葉を攻略して本拠地とすると、牙帳を移し、碎葉水を大牙、弓月城・伊麗河（イリ川）を小牙としました。その領域は、東北で東突厥、西南で昭武九姓などの西方民族、東南で西州（トルファン）・庭州（ビシュバリク）と隣接していました。

699年、烏質勒は子の遮弩（シャド）を周（武周）に入朝させ、武則天から手厚い慰労を受けました。700年、可汗の斛瑟羅が周に入朝して左衛大将軍兼平西軍大総管に任じられましたが、烏質勒の侵略により支配下の部衆が弱体化したため、領地へ帰ることができませんでした。その結果、斛瑟羅の支配領域はすべて烏質勒に併合されました。

706年春、烏質勒は懐徳郡王に封ぜられることが決定されましたが、同年12月、安西大都護の郭元振と軍議中に、厳しい風雪と老齢のため死去しました。中宗は烏質勒を懐徳郡王に封じるため、御史大夫の解琬を派遣しましたが、すでに烏質勒は亡くなっていました。そこで、中宗は烏質勒の子である娑葛（サガ）を嗢鹿州都督・左驍衛大将軍とし、父の爵位を継がせました。当時の娑葛の兵力は30万に達しました。中宗は改めて娑葛を金河郡王とし、後宮の婦人4人を賜りました。

娑葛の時代 (706年 - 709年)

景龍年間（707年 - 710年）、娑葛は唐に使者を派遣して謝意を表し、中宗から労いと下賜品を受けました。しかし、まもなくして、父の配下武将であった闕啜忠節（ケチュチュンジェ）と激しく対立し、争うことになります。

708年、娑葛は闕啜忠節の罪を朝廷に訴えましたが、当時の朝廷で勢力を誇っていた兵部尚書の宗楚客（ソウソカク）に、闕啜忠節が密かに賄賂を送って入朝を免れようとしました。さらに、闕啜忠節は吐蕃を誘って娑葛を攻撃させようと企てました。宗楚客は御史中丞の馮嘉賓（フウカヒン）を派遣して事態を収拾しようとしましたが、馮嘉賓と闕啜忠節の書簡が娑葛の巡邏兵に奪われてしまいます。

708年11月、謀略を知った娑葛は兵を発して安西の撥換（亀茲）・焉耆・疏勒を襲撃し、闕啜忠節を生け捕り、馮嘉賓を殺害しました。自ら可汗と称した娑葛は、弟の遮弩に兵を率いさせて塞（長城）で略奪を行わせました。娑葛は安西都護の牛師奨と火焼城で戦い、牛師奨を戦死させて安西を陥落させ、四鎮路を封鎖しました。娑葛は宗楚客の首を要求する上奏文を送りましたが、安西大都護の郭元振は娑葛の行状を擁護し、赦免を求める上奏文を送りました。中宗は詔で娑葛の罪を赦し、冊立して十四姓可汗としました。

709年7月、娑葛が唐に降伏したため、中宗は娑葛を驍衛大将軍・衛尉卿・金河王・帰化可汗（欽化可汗）とし、守忠という名を与えました。当時、娑葛は弟の遮弩とその部を分けて統治していましたが、遮弩は自分の部衆が少ないことを不満に思い、兄に叛いて東突厥の默啜（ボクチュツ）に帰順しました。遮弩は道案内をして兄を攻撃することを願い出ましたが、默啜は遮弩を留め置き、自ら兵2万を率いて娑葛を攻撃し、これを捕えました。默啜は帰国すると、娑葛と遮弩の2人を殺害しました。默啜の兵が帰還すると、娑葛の配下部将である蘇禄（ソルク）が残党を集め、自ら可汗となりました。

蘇禄の時代 (709年 - 738年)

蘇禄は、突騎施の別種の出身であり、突騎施の残党を集めて新たな突騎施の酋長となりました。彼は部下をよくいたわり従えたため、西突厥の十姓部落は次第に彼に帰順していき、部衆は20万を擁し、西域の地に勢力を確立しました。

715年、蘇禄は初めて唐に入朝し、右武衛大将軍・突騎施都督を授かりましたが、朝廷は蘇禄の献上品を受け取りませんでした。716年8月、東突厥可汗の默啜が死去したため、蘇禄は自ら立って可汗となりました。718年5月、朝廷は武衛中郎将の王恵を派遣し、突騎施都督の蘇禄を左羽林大将軍・順国公に拝命させ、金方道経略大使としました。しかし、蘇禄は狡猾で、唐に心から臣従したわけではありませんでした。719年10月、玄宗は蘇禄を唐に繋ぎとめておこうとし、忠順可汗に冊立しました。722年12月、玄宗は十姓可汗阿史那懐道の娘を金河公主とし、突騎施可汗の蘇禄に娶らせました。

726年12月、金河公主が牙官を安西に派遣し、馬千頭を引き連れて交易させました。使者が金河公主の指令を杜暹に伝えたところ、杜暹は怒って「阿史那の娘がその身分をわきまえず、指令を伝えるとは何事か！」と言い、その使者を鞭打ち、抑留して帰しませんでした。その馬は降雪に遭い、寒さのために死に絶えてしまいました。蘇禄は大いに怒り、兵を発して四鎮に攻め込んで略奪を行いました。当時、杜暹は帰国して国政を司っていたため、趙頤貞が代わって安西都護となっていました。趙頤貞は長期にわたって城壁にのぼって防戦しましたが、撃って出ては敗れました。蘇禄はその人畜を捕え、穀物倉の蓄えを奪い出しました。しばらくして杜暹が宰相になっていることを聞き知り、蘇禄は軍を引いて去りました。その後、すぐに首領の葉支阿布思を遣わして来朝させました。

727年、蘇禄は吐蕃の賛普と結んで挙兵し、四鎮に入寇して安西城を包囲しましたが、安西副大都護の趙頤貞によって撃破されました。730年、蘇禄の使者が京師に至り、玄宗は丹鳳楼に臨御して宴を催しました。たまたま東突厥の使者も来ていたため、両者は席の上下を争うこととなりました。東突厥の使者は「突騎施の国は小さく、もともとは突厥に臣従していた。その使者が上座を占めるべきではない」と言い、蘇禄の使者は「この宴は我のために設けられたものだ。我が下座であるわけにゆかない」と言いました。そこで、中書門下及び百僚は協議し、東西の幕下にそれぞれの席を設け、東突厥の使者は東、突騎施の使者は西に座ることとなりました。宴が終わると、唐は多くのものを賜って帰国させました。

735年10月、突騎施は北庭及び安西の撥換城を寇しました。736年1月、吐蕃は使者を送り方物を献上しました。北庭都護の蓋嘉運は兵を率いて突騎施を撃ち、これを破りました。8月、突騎施は大臣の胡禄達干を遣わし、唐に請和しました。

738年、蘇禄は当初、民衆をいつくしみ、勤勉・質素な性格で、戦闘のたびごとに捕獲物を分け与えていたため、諸族は彼に心服し力を尽くしました。また、吐蕃・突厥と密通していたため、二国の君主は娘を蘇禄に娶らせました。蘇禄は三国から娘を娶って可敦（カトゥン：皇后）とし、数人の子供を葉護（ヤブグ）としました。しかし、晩年になると出費が多くなり、蓄えがなかったため貧困を憂えるようになり、捕獲物を分け与えなくなったため、部下が叛くようになりました。その上、病風にかかり、身体の一部が不自由になりました。

当時、突騎施には大首領の莫賀達干（バガ・タルカン）と都摩度の両部落があり、最も強盛となっていました。また、娑葛の後裔は「黄姓」、蘇禄の部は「黒姓」と称し、互いに敵対するようになりました。738年夏、莫賀達干は軍隊を率いて夜に蘇禄を攻撃し、殺害しました。都摩度は初め莫賀達干と通謀していましたが、まもなく背きあうようになり、蘇禄の子である骨啜（クチュル）を立てて吐火仙可汗とし、蘇禄の残党を集めて莫賀達干と攻撃し合いました。

吐火仙可汗と莫賀達干の時代 (738年 - 744年)

738年夏、莫賀達干は蘇禄を襲撃して殺害しました。都摩度は初め莫賀達干と共謀していましたが、まもなく仲たがいし、蘇禄の子である骨啜を立てて吐火仙可汗とし、残党を集めて莫賀達干を攻撃しました。莫賀達干は磧西節度使の蓋嘉運に使者を送りこのことを報告したため、玄宗は蓋嘉運に突騎施・抜汗那などの西方諸国を召集させました。一方、都摩度は吐火仙可汗と碎葉城に拠り、黒姓可汗の爾微特勤は怛邏斯城に拠り、兵を連ねて唐に抵抗しました。

739年秋、莫賀達干は蓋嘉運とともに石王の莫賀咄吐屯・史王の斯謹提を率いて蘇禄の子を攻撃し、碎葉城で破りました。吐火仙は旗を棄てて逃走しましたが賀邏嶺で捕えられ、弟の葉護頓阿波も捕えられました。疏勒鎮守使の夫蒙霊詧は精鋭の兵を率いて抜汗那王の阿悉爛達干とともに怛邏斯城を急襲し、黒姓可汗とその弟の撥斯を斬り、曳建城に入って金河公主と蘇禄の可敦・爾微の可敦を捕えて帰りました。また、西方諸国の離散した数万人を抜汗那王に与え、諸国はすべて唐に降伏しました。処木昆・鼠尼施・弓月らの諸部はこれまで突騎施に隷属していましたが、衆を率いて唐に内附し、安西管内への移住を請いました。

740年、唐は処木昆匐延都督府の闕律啜を右驍衛大将軍に抜擢し、石王に冊立して順義王とし、史王に拝して特進とし、その功績を顕彰して報いました。蓋嘉運は捕えた吐火仙可汗を太廟に献じ、玄宗は吐火仙を赦して左金吾衛員外大将軍・修義王とし、弟の頓阿波を右武衛員外将軍としました。また、阿史那懐道の子の阿史那昕を十姓可汗とし、突騎施を領させようとしましたが、莫賀達干は怒って「蘇禄を討ったのは我の功である。今昕を立てるとはどういうことか？」と言い、諸落を誘って叛きました。そこで玄宗は莫賀達干を立てて可汗とし、突騎施の衆を統べさせることを蓋嘉運に伝えさせました。こうして莫賀達干は妻子と纛官・首領を引き連れて唐に降伏しました。

742年4月、玄宗は再び阿史那昕を十姓可汗とし、兵を遣わして護送してやりました。しかし、倶蘭城に至ったところで阿史那昕は莫賀達干に殺されてしまいます。6月、突騎施大纛官の都摩度は唐に降伏したため、三姓葉護に冊立されました。

744年5月、安西節度使の夫蒙霊詧は莫賀達干を討って斬り、黒姓の伊里底蜜施骨咄禄毘伽を立てることを申請しました。6月、唐は伊里底蜜施骨咄禄毘伽を冊立して十姓可汗としました。

突騎施の衰退 (753年 - 8世紀末)

753年、黒姓部の登里伊羅蜜施が可汗に即位し、唐から詔冊を賜りました。

756年以降、突騎施は衰退し始め、黄姓と黒姓はそれぞれの可汗を立てて互いに攻め合いましたが、758年 - 760年も、黒姓可汗の阿多裴羅は唐に遣使を続けました。766年以降は、葛邏禄（カルルク）族が勢力を増し、碎葉川に移住し、わずかとなった黄姓と黒姓は葛邏禄族に臣従しました。一方、西突厥の本族である斛瑟羅の残部は回鶻に付き、突厥の時代は終焉を迎えました。

歴代首領

酋長（部族長）、可汗
烏質勒（懐徳郡王）（? - 706年）…斛瑟羅の配下（莫賀達干）
娑葛（金河郡王、十四姓可汗、帰化可汗）（706年 - 709年、可汗位：708年 - 709年）…烏質勒の子
蘇禄（忠順可汗）（709年 - 738年、可汗位：716年 - 738年）…娑葛の配下
吐火仙可汗（骨啜、クチュル）（可汗位：738年 - 739年）…蘇禄の子
爾微特勤（可汗位：738年 - 739年）…黒姓可汗
莫賀達干（バガ・タルカン）（738年 - 744年、可汗位：740年 - 744年）
伊里底蜜施骨咄禄毘伽（イリテミシュ・クテュルク・ビルゲ、十姓可汗）（突騎施可汗：742年 - ?、十姓可汗：744年 - ?）…黒姓出身
移撥（イバル）（十姓可汗）（可汗位：749年 - ?）
登里伊羅蜜施（テングリ・イルミシュ）（可汗位：753年 - ?）…黒姓可汗
阿多裴羅（アタ・ボイラ）（可汗位：? - ?）…黒姓可汗

参考資料

『旧唐書』本紀第八、本紀第九、列伝第一百四十四下
『新唐書』本紀第五、列伝一百四十下
『資治通鑑』巻第二百一十一、巻第二百一十二、巻第二百一十三、巻第二百一十四
小松久男『世界各国史４　中央ユーラシア史』山川出版社、2000年
内藤みどり『西突厥史の研究』早稲田大学出版部、1988年

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